「10代の頃に読んだ作家を再読しよう」企画(笑)の第二弾。
前回の吉本ばななに続いて
今回は向田邦子の巻。
1970年代、テレビドラマの名作『パパと呼ばないで』や『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』などの脚本を手がけ、
とりわけエッセイが本当に上手い作家だった。
そしてこの『あ・うん』も23年ぶりくらいに再読したけど、
初めて読んだかのように新鮮だったし(笑)
本当にいい小説だった。
しかし高校時代に読んだのは何やったんやろ(汗)
今考えると全然読めてなかったんですね…
やはり大人になって経験を積んでからでないと、
グッとこないものってあるんよなぁ~。
物語は、昭和初期の東京は山の手を舞台に、
(あの「忠犬ハチ公」が駅前で死んだという一文も出てきます)
実業家・門倉修造と製薬会社のサラリーマン水田千吉との奇妙な友情と
門倉と水田の妻たみとのプラトニック・ラブの行方を
太平洋戦争間近の世相とともに描いた
1981年刊行の向田邦子唯一の長編小説。
タイトルの『あ・うん』とは
神社の鳥居に並んだ、口の形が違う一対の狛犬「阿」と
狛犬「吽」のように
いつも一緒で仲がいい関係をいうとのこと。
銀座を歩けば、女は一人残らず振り返るくらいの美男子である門倉。
かたや華がなく、見映えのしない外見なのに
鼻の下のチョビ髭がより胡散臭さを増している(笑)水田千吉。
門倉が花なら、千吉は葉っぱ。
そこにいるだけでまわりを楽しませる門倉に対して
千吉が入ってくると、理由もなく気詰まりになりくたびれる。
何から何まで正反対の二人だからこその切っても切れない友情が
おかしくもあり、どこか羨ましくもある。
「友達が自分の女房に惚れてるのを気づいていながら、
仲良く付き合えるのか?」
確かにコレは難しいテーマだけど、
戦地で知り合った当時の男と男の関係なら
(杯を交わした兄弟分のような関係なら)、
有り得なくはないのかもしれない。
(もちろんあくまでプラトニックな関係を持続できるのならだが…)
それにしてもなんとまぁ、品があって
色気のある文章なんだろ。
膝を打ちたくなるほどの巧みさで
物語る筆力。
古き良き昭和の匂いと
鮮明に浮かび上がる視覚的な文体。
説明的になるのではなく
想いや匂いで人の業や悲しみを紡いでいく向田節。
なんだ、不倫の話かと思う人もいるだろうけど、
ドロドロとした描写は一切出てこないし、
(プレイボーイの門倉だが、たみにだけは指一本触れずに想いを伝えることもしません)
ホームドラマを多く手掛けてきた向田さんだけに
愛だ恋だを声高に叫ぶことなく
笑いのうちに読ませていくからスゴい。
そして登場人物すべてがどうしようもなく愛おしく、
女性の描き方がとんでもなく上手い。
山師でどうしようもないギャンブラーな水田の父、初太郎という不良老人。
門倉の想いに内心では揺れる水田の妻、たみの苦悩。
水田家の長女で18歳のさと子は
母と門倉の仲を無意識に感じとりながら、
自らも叶わぬ恋に身を焦がしていく。
そしてあちこちに女を作る門倉を知りつつ、
決して口には出さず冷静を装う門倉の妻、君子の怖さと哀しさ。
もともと放送作家でテレビドラマの脚本家であった向田さん。
なので登場人物たちが織りなす会話が
いちいち洒落てるというか粋というか、
琴線に触れる生きた言葉のオンパレードだし、
わずか220ページの中に印象的なシーンがまた、出るわ出るわ(笑)
やり手の実業家である門倉が
東京にやってくる千吉のために、
自らが家を探し、火鉢に火をおこし、新しい座布団を揃え、部屋に花を活け、灰皿を用意し、便所の紙をチェックし、鯛や伊勢海老やさざえのかご盛りと鰻重を頼み、檜の風呂桶を作らせ、火吹竹と団扇で自ら汗を流して風呂を焚く物語冒頭のシーン。
そのすべてを嬉々として行う門倉の姿が
なんとも可愛いく微笑ましい(笑)
妊娠したたみのお腹の子を
女の子が生まれたら俺にくれと頼む門倉と、
尊敬する門倉に自分たちの子供をくれと言われて喜ぶ千吉の不思議な関係。
たみを笑わせるために始めた門倉と千吉のヴァイオリン練習。
親には内緒で見合い相手の男に会い、
初めてのコーヒーに胸をときめかせ、
自由恋愛という言葉に体を熱くするさと子。
門倉の若い愛人を匿い、門倉の妻、君子にバレないよう
肺炎で寝込む門倉に
子供が無事生まれたことを声を出さず唇だけで伝える千吉。
そしてそれを聞いて涙を流す門倉と
知らないフリをして門倉の涙を拭う君子。
そして日ごとに大きくなるたみへの気持ちを吹っ切るために
親友である千吉にワザと喧嘩をふっかけるシーンの胸焦がす切なさよ…。
「みすみす実らないと分かってても、人は惚れるんだよ」という門倉のセリフがまた、これ以上ないところで出てくるんよな~。
登場人物のすべてが
本当の気持ちをひた隠しにし、誰もが大人を演じてる様は
じれったくもあり、ズルいなぁ~とも思うし、ある意味美しくも感じたり。
この小説のあとがきで向田さんは、
『私は夢を見ることの少ないたちだったが
50を過ぎて今、夢はやはり見るものだなと思う』と
考えが変わったことを最後に書いている。
しかしそのわずか3ヶ月後の1981年8月22日、取材旅行中の台湾、
遠東航空103便墜落事故にて51歳の若さで帰らぬ人となった。
向田さんの死は、
隠居生活から重い腰を上げ、再スタートを切ろうとした矢先に狂信的なファンに撃たれて亡くなったジョン・レノンの死とどこか重なるものがあるし、
文庫版の山口瞳さんの秀逸な解説にもあるように
向田さんはどこか無意識下で来るべき死を予感していたのかなと
今回あらためて再読して
僕自身としても思うところがありました。
ちなみにこの『あ・うん』、
降旗康男監督の映画版もオススメ。
今回の再読も門倉の声は高倉健で、
水田千吉は板東英二で
水田たみは健さんの東映仁侠映画時代の盟友でもあった富司純子、
そして水田家の長女のさと子は富田靖子に脳内で自動変換して読んでました(笑)
これからも向田作品は追いかけていきたいなぁ~
★映画『あ・うん』予告編↓
https://www.youtube.com/watch?v=juWUbureBR4&feature=youtube_gdata_player
あ・うん
- 感想投稿日 : 2015年5月30日
- 読了日 : 2015年5月30日
- 本棚登録日 : 2015年5月30日
みんなの感想をみる