男が痴漢になる理由

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  • イースト・プレス (2017年8月18日発売)
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【感想】
依存症患者は、彼らを取り巻く環境ごと変えなければ完治は望めない。
依存症の本質は、快楽の追求ではなく苦痛の緩和である。
薬物、セックス依存などの各種依存症患者は、行為自体が気持ちいいからやるというよりも、行為に先立って「対人関係の悪化」「親からの虐待」といった悪い環境が存在し、それから逃げるための結果として、依存症系犯罪に手を染めている。
彼らの再犯率が高いのは、薬物やセックスを絶って出所したとしても、劣悪な環境に身を置き続ける現状が変わらないからだ。
そのため、薬物や飲酒、セックスといった個別の問題にアプローチするのではなく、根本にある「つながり不足」を解決しなければならない。

これと同様の理論は痴漢常習者にも当てはまる。
しかし、痴漢依存症のほうが、治すのがより難しいだろう。

痴漢が各種依存症に比べて厄介なのは、「依存症患者が自立している」からだ。
前述した理由から、薬物依存、セックス依存は「つながり不足」が原因だと言われている。裏を返せば、自分が置かれた悩みや苦悩を打ち明けられる相手を見つけ、コミュニティを作り、社会からの孤立を防ぐことが、依存を断ち切るきっかけになる。

しかし、痴漢はそうした「対人的アプローチ」の効果が薄い。彼らは家庭を持ち、仕事もし、社会で一定の地位についているため、「つながり不足」とはいいがたい。
痴漢依存の根本には発散されないストレスがあるが、それを他の趣味で代替したところで、彼らを取り巻く環境が変わることはない。諸悪の根源である環境は「満員電車」と「男尊女卑意識」だからだ。それらは社会に根差したものであり、本人の自助努力で何とかできる範囲を超えている。

「健全な環境に身を置く」というのは依存症治療の基本だ。
だからこそ、痴漢は解決が難しい病なのだ。


【本書の概要】
痴漢被害の5割近くが電車内で発生しており、ほとんどが男性の犯行。
痴漢する男というと、性にだらしがない社会不適合者の印象を抱いてしまうが、実態は「四大卒で会社勤めをする、働きざかりの既婚者男性」である。
多くの痴漢は勃起しておらず、性の欲求不満解消が目的ではない。痴漢はストレスへの対処(コーピング)方法に乏しい人物が多く、日々のフラストレーションを発散するために、痴漢行為に及んでいるのだ。
痴漢を撲滅するためには、性依存症という「病気」を治療することが求められる。治療は単発的な取り組みで終わることなく、刑務所内から社会復帰したあとも、長期的に継続して指導を受けられる仕組みづくりが必要である。
また、加害者の治療だけでなく、社会全体の意識を変えていく必要がある。「痴漢の裏には性依存症の問題があり、治療によって止めることができる」ことを社会に周知しなければならない。同時に、社会にはびこる「男性は女性を下に見ても許される」という潜在意識を変化させなければ、痴漢はなくならない。


【本書の詳細】
1 統計から見る痴漢の実態
2010年に警察庁が、東京・名古屋・大阪に住む16歳以上の女性を対象に痴漢被害を調査したところ、「過去1年間に電車内で痴漢被害に遭った」と回答した女性は全体の約13.7%であり、その9割近くが泣き寝入りをしていた。

痴漢の発生場所は、5割近くが電車内。
痴漢のほとんどは、どこにでもいるごく普通の男性であり、既婚者の割合(43%)のほうが未婚者(41%)より高かった。
痴漢のリアルな実態は、「四大卒で会社勤めをする、働きざかりの既婚者男性」なのだ。

痴漢の初犯の平均年齢は33.1歳。偶然の接触や痴漢現場の目撃がスイッチとなり、繰り返し痴漢に及んでしまうようになるという。

勘違いされがちだが、痴漢は性欲解消が目的ではない。筆者が勤めている榎本クリニックの聞き取りによると、5割の人間が行為中に勃起していない。必ずしも性の欲求不満が動機ではないのだ。

痴漢行為は彼らにとって、長時間労働、人間関係の悩みなど、日常のストレスへの対処法なのだ。痴漢には勤勉な人が多く、自己肯定感が低い人も多い。他にストレスを発散するすべを持たずに溜め込んでしまった結果、それが痴漢行為として表出している。

2 痴漢は「病気」である。
痴漢をやめられない人は性依存性に陥っている。
依存症は強迫性や反復性を伴う。依存症はだらしがない人がかかる病気ではなく、強度の刺激を味わった結果、再びその誘惑から逃げられなくなった人がかかる病気だ。

ただし、痴漢を過度に病気扱いしてはならない。痴漢には他の依存症と違って被害者がいるからだ。過度な病理化は、加害者の責任性を隠蔽してしまう。
そのため筆者は、再犯防止のために、治療の場で常に「被害者の視点を取り入れる」ことを心がけている。

3 認知の歪み
痴漢の多くは、「女性も喜んでいると思った」という認知の歪みを抱えている。当初は彼らにも罪悪感があったが、犯罪行為に及ぶにつれ、自らの行為を正当化し、実行するための認知を意識的・無意識的に築き上げていく。現在、性犯罪更正プログラムにおいては「認知の歪み」を修整していくことをメインに据えている。ただし、本人が自発的に気づきを得ることはなかなか困難である。

また、「女性は男性の性を受け入れるべき」という「社会全体の認知の歪み」も、痴漢発生の一因である。社会から男尊女卑の概念がなくならないかぎり、そこにある認知の歪みも是正されることはない。

4 痴漢者の内面
現実の性犯罪者は、アダルトコンテンツからの影響を受けている人が多い。強姦や強制わいせつの容疑で逮捕された553人のうち、33.5%が「AVを観て自分も同じことをしてみたかった」と回答した。
インターネットの広がりが、性犯罪の複雑さに寄与している。利便性の高い動画配信サイトや、痴漢行為を自慢し合う掲示板など、アダルトコンテンツへの敷居の低さが、痴漢行為に一定の影響を与えている。

「痴漢行為をやめたことで失ったものは?」そう尋ねた筆者に、受講者は答えた。
「生きがい」
これを聞いた受講者の過半数はうなずいていた。
彼らは朝から晩まで痴漢の方法を考えている。仕事をしていても、家族と一緒にいても頭から離れることはない。頭の中で何度もシュミレーションし、捕まるかもしれないというスリルとリスクのなかで欲望を満たす。それは確かに生きがいと言えるからなのかもしれない。

彼らは「何をしても逆らわない女性」「黙って自分たちに支配されて欲望をかなえてくれる女性」をターゲットにする。ターゲットが見つからなかった場合は、路線を変えたり再び引き返したりする。当然会社には遅刻するが、それでも止められない。これを「コントロール障害」という。

再犯防止のためには、彼らに別の生きがいを与えてあげる必要がある。ストレスへの対象(コーピング)方法が少ないから、痴漢という行為で埋め合わせを行うのだ。

5 再犯率の高さ
痴漢は再犯率がずば抜けて高く、約半数近くが、再び性犯罪に手を染めている。再犯者から見てもそれは同じであり、痴漢における「性犯罪前科あり」の率は85%と、目を見張るほど高い。

彼らに反省を強いるのは逆効果である。反省を強いて責任を追及しすぎると再犯率が上がるというエビデンスがある。そのため、大切なのは謝罪ではなく、自分自身の行動を見つめ返して、行動変容につなげることだ。行動面の変化が認知の歪みを治し、内面に変化を起こすのだ。

行動変容のためには、刑務所内から社会復帰したあとも、長期的に継続して指導を受けられる仕組みが必要である。刑務所内の性犯罪再犯防止指導(R3プログラム)や、仮釈放者と保護観察付執行猶予者を対象とする性犯罪者処遇プログラムのような、再犯防止についての指導がいる。

○社再犯防止における、三本の柱
・再発防止
・薬物療法
・性加害行為に責任をとる
筆者が勤めている榎本クリニックでは、上記の3本柱にちなんだ回復トレーニングを行っている。

6 痴漢加害者の家族
加害者の妻はよく、「痴漢さえしなければいい夫」と言う。懸命に働き、家事もし、家族サービスもする。そんないい夫が「これは冤罪だ」と言ってしまえば、妻はそれを信じてしまう。そして再犯が繰り返され逮捕されると、妻が夫をどんどん信じられなくなり、混乱や抑うつ状態が続き、孤立する。これが加害者家族に訪れる苦悩である。

また、夫が職場をクビになり、妻が経済的負担を背負うようになると、お互いの人間関係にひびが入る。妻は「あんなに生活をめちゃくちゃにしたくせにもう忘れたのか」と憤り、夫は「いまだにそれを責めるのか」と、過ぎたことへの怒りをあらわにする。加害者は、自分の行いを都合よく忘却するものなのだ。

クリニックでは2008年に、日本ではじめてとなる性犯罪の問題に特化した「加害者家族支援グループ」、通称SFGをスタートさせ、社会から見落とされている「被害者としての」加害者家族を支援している。

家族支援グループは、加害者家族にとって唯一の安全な場所だ。いままで誰にも話せなかったことを、同じ経験をした人たちに話せる。
日常的に他人を傷つけてきた者の再犯を止めるには、家族の存在が非常に大きいのだ。

7 痴漢は撲滅できるのか?
女性が通報「しづらい」「できない」心理を変えて行かなければならない。被害者女性が加害者男性と直接対面せずに、通報できるシステムの導入をするべき。

男性は痴漢被害への想像力が欠如している。痴漢という目の前で行われている犯罪に目をつぶり、「冤罪かもしれないだろ」と、痴漢事件そのものを軽視してはならない。

「男性が女性を下に見ており、多少なら何をしても許される」という、社会的に形成された心理が働いている。男性一般に共通する、冤罪への恐怖の根底には、自分より下だと思っていた存在から「騙される」という形で反撃されるのが怖い、という意識があるのかもしれない。
男性の支配欲がすべての性犯罪の基盤になっている。痴漢は男性優位社会の中に潜む「女性への加害性」の産物である。

●痴漢撲滅のための具体策
・一度目の逮捕を示談金で終わらせることなく、専門治療につなげる
→痴漢を生きがいだと感じている男性には、示談金は抑止力にならない。また、治療が社会生活を送りながらできるのであれば、「人生めちゃくちゃ」にはならないため、女性も通報しやすくなる。
・「痴漢の裏には性依存症の問題があり、治療によって止めることができる」ことを、鉄道会社および警察から啓発する

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年3月19日
読了日 : 2021年3月14日
本棚登録日 : 2021年3月14日

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