海と毒薬 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1960年7月15日発売)
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感想 : 892
5

久々に、物凄い小説に出会いました。
「限りなく透明に近いブルー」を読んだ時に似た感覚。
凄まじい力を秘めていて、圧倒される。攻撃力高い。
ホラーとは別の、本能的に背筋が凍る怖さ。
読んで暫くは放心状態になりました。

お話は、戦時中実際にあった、九州帝国大学医学部での捕虜の生体解剖をベースに、創作されている。
生体解剖に関わった医者、看護婦のバックグラウンド、実験の様子なんかは完全に創作だろうけど、凄まじいリアリティ。
完全なノンフィクションではないけれど、事実はあったということが尚更ゾッとする。
完全な事実であっても可笑しくないんだな、って。

戦争中の殺人は罪には問われない。ならば、どうして戦争中の人体実験は罪になるのか?
しかも、人体実験は今後の医療に役立てられる=多くの人を救える。
闇雲に殺すよりは、遥かに生産的。
でも、何か、心の奥底で引っ掛かる。それは違う。では何が違う?答えられない。でも、やっぱり心が拒絶する。それは何故?
外を見れば空襲で何万人という人々が死んで行く。
貴重な薬を使って、助からない命を延命させることに意味はあるのだろうか?
この患者が死んだところで、次々と新しい患者が運ばれてくる。
それでも、目の前の命を救おうとする医者の意義って何だろうか?
そんな絶望感の中で、生体解剖にNoと言えない、でも、手を下せない。
勝呂医師の心とシンクロしてしまった。
全部読んだけど、生体解剖の是非は、私には分からなかった。

この作品のテーマは、「宗教を持たない日本人故の残酷さ」というのもあるらしい。
確かに、宗教は行動の指針となって、私達の軸となってくれる部分があるのだろう。
だから、宗教を信じる人は軸がブレない、と。
それは確かに一理あるけど、結局戦争に参加して、皆と同じように殺戮を行っていたという事実は変わらない。
ただ、カッコイイ尤もらしい理由を都合良く後付けできるだけではないか。
無宗教だから残虐になれるのか?それはいささか疑問。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2010年3月27日
読了日 : 2010年3月9日
本棚登録日 : 2010年3月9日

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