まほろ駅前番外地 (文春文庫 み 36-2)

著者 :
  • 文藝春秋 (2012年10月10日発売)
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三浦しをん「まほろ駅前シリーズ」2作目(2009年10月単行本、2012年10月文庫本)。
前作「まほろ駅前多田便利軒」から次の一年に起きた騒動を連続する七つの短編として描かれている。生真面目な多田啓介、自由奔放な行天春彦、この二人のコンビが便利屋の仕事に向き合いながら面倒な騒動に巻き込まれていき、最終的には騒動は上手く解決されていく。今回も行天の破天荒な行動が楽しませてくれる。
また、前作で登場した人物が今回も登場して、前作で脇役だった人物の過去やその後のエピソードなどが折り込まれて意外な人物像の印象に感心したり、微笑んだりしてしまうのだ。

⑴前作登場人物とのエピソード
<星良一の優雅な日常>
まず前作でドラッグの運び屋に小学生を使ったりして、裏社会のチンピラヤクザの危ない印象しかなかった星良一。多田と行天と同じまほろ高校の出身の20歳。2年後輩の彼女、新村清海を大事にしているのは前作でもわかっていたが、想像以上に首ったけで形なしだったり、母親に見せる顔が裏の顔とは正反対の優等生だったりする。

<思い出の銀幕>
そして前作で病院に入院している認知症の曽根田のばあちゃん、時々ボケが消えるのか若かった頃のロマンスを多田と行天に話すのだ。旧姓田中菊子と言い「まほろばキネマ」の看板娘でまほろ小町と言われるくらいモテたそうだ。
幼馴染の「曽根田建材店」の息子の曽根田徳一と許嫁であったが、召集されて戦場へ出征し終戦後2年経っても帰還しなかった。そんな菊子の一生に一度の激しい恋の物語を多田と行天に聞かせるのだ。
恋した相手の流れ者の名前を勝手に行天と言ったり、許嫁の徳一を啓介と置き換えて言ったりして楽しませてくれるのだった。

<岡夫人は観察する>
次が前作でバスの間引き運転の監視を依頼されたアパート経営で悠々自在の生活を営む岡さん、その夫人のエピソードが今作で語られる。頑固で亭主関白を装っている岡さんも夫人には頭が上がらないようで、微笑ましい。
そんな岡夫人が多田と行天の何か諍いの雰囲気を感じとり、それが多田に来た高校の同窓会への出席のハガキを勝手に行天が出したことが原因だとわかる。勿論行天は行くつもりはないのにである。岡夫人は二人を気に入ったのか親身に心配しているようだ。二人は本当は気が合っているように見えるのに意地の張り合いで大事なことを見過ごしていると岡夫人は思った。
岡さんと岡夫人ももはや男と女ではなく、あまりにも長く時間を過ごしたために夫婦であるという事実も鈍磨してきている。ただ何となく大事だと感じる気持ち、諦めと惰性と使命感とほんの少しのあたたかさ。自分も二人と似たようなものかもしれないと岡夫人は思うのだった。そして岡さんも夫人と同じように二人を気に入っている。
子供たちは巣立ち二人だけになった岡夫婦にとって、便利屋の二人は仕事を頼めばおしゃべりが出来て幸せな気持ちになれる、そういう存在になっているらしい。

<由良公は運が悪い>
そして同窓会の日の当日、多田に無理やり連れていかれそうになった行天は、田村由良、前作でドラッグの運び屋をさせられていたのを多田と行天が救い出したあの小学四年生の男の子を見かける。今回は同窓会から逃げるために、行天が由良を事件に巻き込んでしまう、由良にとって迷惑なエピソードだ。
偶然行天がバスに乗っている由良に声をかけたことから色んな災難が降りかかる。由良がバスの定期券やお金が入ったパスケースを落とし、塾の先生が未成年と見える女と一緒にラブホテルに入って行くのを見かけたりして、行天と由良は美人局事件に鼻を突っ込むことになるのだ。
目的は違ったが行天は結果的には美人局の男達を一発で伸してしまい先生を助ける。しかし既に金銭は取られた後で先生は無一文になっていたため、先生から金銭を借りるという目的は成し遂げられなかった。由良の帰宅のバス代を得るために仕方なく、多田の居る同窓会会場に由良と二人で行くことになるのだ。
同窓会には行天の小指切断事件にも責任がある同窓生も来ていた。行天は謝罪を受けるがその対応に反応出来ず気まずい雰囲気を由良に助けられる。
由良にとって運が悪い一日ではあったが、一人では行けない所、普段は見られないものを見て、大人の世界を垣間見ることが出来た。漫画を買ったり、ゲーセンに行くことより、何となく満ち足りた思いで一日を終えることが出来たと感じていた。

⑵今作新登場人物とのエピソード
<光る石>
新しい依頼の仕事も無難にこなした。
先ずは、まほろ信用金庫に勤める25歳の宮本由香里から、由香里の中学の同級生で信用金庫の同僚でもある竹内小夜への嫉妬の憂さを晴らす目的の、犯罪一歩手前のような仕事の依頼だ。二人の婚約指輪のダイヤの大きさの違いに嫉妬、その小夜のダイヤの指輪を多田と行天で隠してまた戻すというミッションだったが、行天が指輪を飲み込み翌る日に便と一緒に出して返すという離れ技をやるのだ。ちゃんと依頼人の由香里にもお仕置きが用意されていてなかなか楽しめる。

<逃げる男>
次に「キッチンまほろ」グループの社長だった柏木誠一郎68歳が急死し、その妻で社長を継いだ妻の柏木亜沙子32歳からの遺品整理の仕事の依頼だ。
大学生の時に「キッチンまほろ」でアルバイトをしたのがきっかけで亜沙子は誠一郎と知り合い、大学を卒業してすぐに結婚した。 亜沙子は専務として会社を切り盛り、経営手腕でも誠一郎より長けており、家事も完璧にこなすスーパーウーマン。それが2年前に急に誠一郎は家を出てアパートで一人暮らしをするようになった。亜沙子は誠一郎に愛人でも出来たのだろうと思ったが追求しなかった。
別居生活でも会社では普通に会話して経営会議も上手く対処していた。それが2週間前に誠一郎が病院で急死した。アパートで具合が悪くなって自分で救急車を呼んだのだが駄目だったようだ。
亜沙子は誠一郎のアパートには一度も行くことなく、多田に遺品整理を依頼したのだった。多田と行天がアパートに行って整理と運び出しを始めたが、女性の影は感じなかった。そこには亜沙子への想いが感じられるものが残っていた。きっとちょっと息抜きしたかっただけかも知れない。
こうして遺品整理の仕事は終わるのだが、一つ厄介ごとが残った。どうも多田は亜沙子に恋心を抱いてしまったようだ。

<なごりの月>
最後は30代半ばの田岡という男から2歳の女の子の世話の急な依頼だ。田岡は当日大阪へ出張する予定なのに妻がインフルエンザに罹り、39度の熱を出した。二人には田岡美蘭という2歳の女の子がいて、その子の世話を翌日夕方帰宅するまでの間、面倒をみてほしいとい言う。見ず知らずの便利屋に家の中で寝ている妻とまだ幼い娘を託すというのは変は変で、何か裏があるのかと思ったが何もなく、ただ田岡という人間が変なだけだった。
一つ問題があったのは、行天の子供の頃の虐待の過去の影響か、行天は子供の行動に恐怖を抱き、尋常な様子ではなくなる。多田は混乱し、何か恐ろしいものが行天の中に眠っていて触れてはならない気がした。
ご飯を作ったり片付けをしたり、おむつを変えたりと奮闘したものの、さすが泊まることには妻の方にも抵抗があり、夜には二人は帰ることになる。
行天は多田に「今度こういう依頼があったら、断ってくれ」と震えながら懇願する。それから何もなかったように二人の会話は続き、行天はいつもの顔の表情を見せるが、多田は“凍えた人間をもう一度よみがえらせる光と熱はどこにあるのだろう”と祈るように考えるのだった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年11月30日
読了日 : 2022年11月23日
本棚登録日 : 2022年11月14日

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