本書をどこかで手にすることがあったら「あとがき」だけでも読んでほしい。「ときどき東京に出ることがあって、そのたびに衝撃を受けるのは、野菜のおいしくなさである。」「ねっとりもせず、ほくほくもせぬ里芋。色と形はあるが、うま味も香りもまるでない人参。・・・」「・・・高くさえあればおいしいと感じるのは舌の白痴化ではあるまいか。」「・・・農薬まぶしの農産物をどんどん輸入して、添加物まみれのグルメとやらをお腹いっぱいやってください。真の百姓だけが、日本という国の伝統あるよき性向の種を保存するために、土を汚さぬよう、物心両面にわたって独立を保ち、亡びの国のゆく末を見届けると宣言なさったらよい。」「わたしは昔の作物の大地の滋味ともいうべき味わいを思い出さずにはいられない。」品種改良をして何でもおいしくなっているはずだけれど、もともともっていた自然のうま味のようなものを僕たちは忘れてしまっているのかもしれない。どこかに出かけたとき、人の運転する車で移動していると、見たい景色などがあっても、なかなか停めてくれと言えないとどこかで書かれていた。なんでも合理的に、効率よくと言われる。そのためにぜいたくな時間の過ごし方を忘れてしまったのかもしれない。古き良き時代を懐かしんでいるだけでなく、本書を読みながら、今を生きる我々にとって本当の幸せって何だろうかと少し考えてみたい。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
石牟礼道子
- 感想投稿日 : 2023年3月16日
- 読了日 : 2023年3月16日
- 本棚登録日 : 2022年9月17日
みんなの感想をみる