滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2010年6月15日発売)
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感想 : 65
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一気読み。「滝山団地」や「小平団地」行きのバスを見かけるたびにこの本のことが脳裏をよぎった。常々、読みたいと思っていた本。

読後の第一印象として筆者が経験したシステムの裏にはまだまだ「立身出世」が生きていると感じた。
「立身出世」なんて夏目漱石よろしく明治時代に富国強兵とともに作られた近代のシステムだ。そのシステムが巧妙に形を変え、無意識に社会のなかでさもあたりまえのこととして存在している。ちょっと怖い。
そういう現在も、このシステムは行き詰まりながら存在する。ただ、この時代のように二項対立的な発想は顕在化していないのではないか。

筆者は少し世代が上だし、「滝山コミューン」ほど、がちがちにシステムのなかにいなかったにせよ、「班活動」は「給食の班」「登校班」「移動教室の班」といろいろなところにあって、自分はそこに構成員としてピースのなかにおしこまれていたのはまちがいない。「班」というシステムは一見「平等」であるようで、全然「平等」ではない。「(リーダーに)選ばれる」ことによって「指導していく」「指導されていくもの」に二分されてしまう。「個」はなく「群れのなかの一員」にすぎないと筆者は感じたにちがいない。足並みがそろっていないとまずいのだ。

筆者が四谷大塚へ行くことをプラスに感じたのはそこは誰の指導のもとでなく、「個」である自分の意志で動いてそれが結果に結びついたから(もちろん、乗り鉄の楽しみもあったと思うが)。

「滝山コミューン」は閉じられた空間だったからこそできたのだろう。このころの小学校の先生はいわゆる師範学校出身の先生と新制の教育学部出身の先生が混在していたに違いない。

「教研」「全生研」(などの熱意ある教員が参加するグループ)「親が学校にどうかかわるか(「PTA」)この本を読むと、古い時代の遺物のように思えるが現実には姿・形を変え、脈々と続いているように感じる。
「教育」は「人を育てる」システムだからか?
「国」の礎だからか?

なんにせよ、読み始めたときはお化け屋敷に入る好奇心もあったが、読み終わったときには個人的に昔あったいやなことを思い出して少し背筋の寒い思いをした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年8月11日
読了日 : 2020年8月8日
本棚登録日 : 2020年8月8日

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