一瞬の風になれ 第三部 -ドン- (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2009年7月15日発売)
4.36
  • (1026)
  • (704)
  • (253)
  • (19)
  • (4)
本棚登録 : 6116
感想 : 481
4

「俺は不言実行のコーチだからな。ハッタリはかまさんよ」
 三輪先生は俺の頭をハタきながら、そんなことを言う。
「実行するのは選手だ。コーチが不言でどうする? そんなコーチはいらんだろう」
大塚先生がイライラしたような口調で言った。三輪先生は笑っている。
「何が不言実行だ。いつも適当な目標をぺらぺら言って、ろくにクリアしたことないじゃねえか」
「そりゃ、選手時代の、高校の時の話でしょう、先生」
「指導者になって変わったか?」
「そりゃ違いますよ! 自分のことはいいですけど、生徒は傷つけたくないですよ。適当なことなんか言いませんって」
「高い目標を立ててやれ。引っ張り上げてやれ。尻を押してやれ。それが指導者だ。不可能を可能にしてやれ。夢を持て。おまえが一番大きな夢を持て」
 大塚先生は厳しい口調で静かに言った。くぼんだ目が三輪先生に食いつきそうにギラギラ光っている。
 夢は各自が持てーーというのが三輪先生の持論だった。自分から強く望まなければ絶対に実現しないからと。だから、先生の言葉には本当にびっくりした。

「やったなあ…」
 根岸は低くつぶやいた。
「見たか? おまえ、蓮が思い切り出たぞ」
 根岸は泣きそうな顔をしていた。
「俺ん時はな、あれがあれができなかったんだよ。蓮は俺を待ってて、すげえゆっくり出てくれたんだ。そんなの4継じゃねえんだよ。やっと本物になった」
「ああ、そうだな」
 俺はうなずいた。総体優勝云々より、何より根岸が望んでいたことなのかもしれない。蓮がリミッターをはずし、持てる力のすべてを出すこと。4継のメンバー全員がMAXの力で走れること。それが根岸の夢だ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2016年5月25日
読了日 : 2016年5月2日
本棚登録日 : 2016年5月2日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする