「俺は不言実行のコーチだからな。ハッタリはかまさんよ」
三輪先生は俺の頭をハタきながら、そんなことを言う。
「実行するのは選手だ。コーチが不言でどうする? そんなコーチはいらんだろう」
大塚先生がイライラしたような口調で言った。三輪先生は笑っている。
「何が不言実行だ。いつも適当な目標をぺらぺら言って、ろくにクリアしたことないじゃねえか」
「そりゃ、選手時代の、高校の時の話でしょう、先生」
「指導者になって変わったか?」
「そりゃ違いますよ! 自分のことはいいですけど、生徒は傷つけたくないですよ。適当なことなんか言いませんって」
「高い目標を立ててやれ。引っ張り上げてやれ。尻を押してやれ。それが指導者だ。不可能を可能にしてやれ。夢を持て。おまえが一番大きな夢を持て」
大塚先生は厳しい口調で静かに言った。くぼんだ目が三輪先生に食いつきそうにギラギラ光っている。
夢は各自が持てーーというのが三輪先生の持論だった。自分から強く望まなければ絶対に実現しないからと。だから、先生の言葉には本当にびっくりした。
「やったなあ…」
根岸は低くつぶやいた。
「見たか? おまえ、蓮が思い切り出たぞ」
根岸は泣きそうな顔をしていた。
「俺ん時はな、あれがあれができなかったんだよ。蓮は俺を待ってて、すげえゆっくり出てくれたんだ。そんなの4継じゃねえんだよ。やっと本物になった」
「ああ、そうだな」
俺はうなずいた。総体優勝云々より、何より根岸が望んでいたことなのかもしれない。蓮がリミッターをはずし、持てる力のすべてを出すこと。4継のメンバー全員がMAXの力で走れること。それが根岸の夢だ。
- 感想投稿日 : 2016年5月25日
- 読了日 : 2016年5月2日
- 本棚登録日 : 2016年5月2日
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