アップ・カントリー 下: 兵士の帰還 (講談社文庫 て 11-4)

  • 講談社 (2003年11月1日発売)
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感想 : 11
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(上巻の感想からの続き)

今更ながら気づかされた事だが、デミルの小説では物語の進行に凄腕の主人公+美人の助手が常に設定されていること。今回は特にそれが目立った。
というのもブレナーが元上司カール・ヘルマンの要請でヴェトナムに旅立ち、彼の地へ降り立つまでの顛末はなかなか物語に乗れず、実際作者の筆致も硬いような印象を受ける。これが上巻9章の233ページのスーザン・ウェバーとの邂逅からガラリと印象が変わる。会話にリズムが生まれ、デミル節ともいうべきウィットに溢れたセンテンスが怒濤のごとく現れるのだ。
このスーザンを最後の最後まで出演させることを作者が当初考えていたのか、判らないが恐らくは違うと思う。デミル自身、何か筆が乗らないと感じ、ここいらでブレナーに女でもあてがうか、おっ、調子が出てきたぞ、このスーザンを単にこれだけのために捨てるのは勿体無いな、よしスーザンをヴェトナムでの案内役に決めよう、さてそろそろヴェトナムの奥地へブレナーを送り込むか、しかし今からスーザンを排除してストーリーが進むだろうか、よし、決めたスーザンを政府機関のエージェントにしちゃおう、とこのような心の動きが行間から読み取れるのだ。作者自身、ヴェトナムの奥地での戦争の傷跡を記していくのには心的負担を伴うのに違いない。
この狂気の事実を語るためには一服の清涼剤、精神安定剤が必要だったのだろうし、そしてスーザンの役割は正にそれを担っている。スーザンはブレナーの、というよりデミルのセラピストだったのだろう。

今までミステリというよりもヴェトナム回想録だと述べてきたが、とはいえ、事件の真相は驚くに値する。最後にかなりの修羅場が用意されている。
複数の政府機関がそれぞれの定義における正義の名の下に丁々発止の駆け引きを繰り広げるあたりは息が詰まるほどだ。
殺人事件の犯人が次期アメリカ大統領候補と評されている現役副大統領だったというスキャンダラスな真相はよくもまあこんなことが書けるものだと感心する。アメリカという国の懐の深さというか、割り切った考え方というか、とにかく日本ではまず書けないだろう。
今になって思えばこれはデミルなりのブッシュ大統領批判ではないだろうか?
このブレイクという副大統領の哀れな姿はブッシュ大統領を嘲笑しているように思えるのは私だけだろうか?

ブレナーは周囲の制止を振り切って副大統領その人に尋問を行う。その結末は濁されたままで終わり、またブレナー自身の去就も詳らかにされないままヴェトナムを発つ辺りで物語は閉じられる。
恐らくブレナーは二度とデミル作品には登場しないだろう。登場すればアメリカがどのような正義を行ったかが判るが恐らくはそこまでは作者は書くまいと思う。それが作者の、アメリカの良心だからだ。

旅は目的そのものよりも過程が大事、最後にデミルはブレナーの口からそう述べさせる。
まさにこの小説の内容そのものを云い表している。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリ&エンタテインメント(海外)
感想投稿日 : 2021年6月8日
読了日 : 2021年6月8日
本棚登録日 : 2021年6月8日

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