ナチスから逃れるユダヤ難民を助けた日本人外交官・杉原千畝については、幸子夫人のご著書をはじめとして、すでに数多くの作品で語りつくされています。しかし、本書は人間・杉原千畝を新しい視点からみたとても興味深い一冊です。人道的な偉業はもちろんですが、千畝の情報収集能力や開かれた視野など、その外交官としての優れた能力にも注目しています。大学生にもぜひ読んでみてほしい一冊です。
(↓朝日新聞書評より)
■情報収集と分析に優れた才能
1990年代のある時期、第2次大戦中にユダヤ人を救ったことで知られる、外交官の杉原千畝にまつわる本が、続々と刊行された。その数の多さに、いささか辟易(へきえき)した覚えがある。すべてを読んだわけではないが、必要以上に杉原の業績を持ち上げたり、逆に過小評価したりする傾向があり、それが不満だった。情緒的な取り上げ方が多く、本来必要な学術的なアプローチが、おろそかになっていた。
その点、本書の著者はきわめて客観的な分析を行っており、等身大の杉原像を描き出すことに成功した。ユダヤ人へのビザ発給問題もさることながら、杉原が携わった諜報活動に論点を絞り、その業績を具体的に明らかにしたのは、従来欠けていた部分を補う意味で評価できる仕事である。
ここでいう諜報は、地道な情報収集・分析活動を意味している。それこそ、海外駐在の外交官の主たる仕事といってよい。杉原はその方面で優れた才能を発揮し、やがて〈諜報の杉原〉として、省内に知られる存在になる。たとえば、満州国外交部に在籍した34年前後に、北満鉄道譲渡に関して諜報活動を展開し、交渉相手のソ連をうろたえさせたという。
おそらくそのために、のちにソ連勤務を発令された杉原を、ソ連側は〈好ましからざる人物〉として、受け入れを拒否する異例の措置に出た。そのおり、杉原から事情聴取した外務省の記録「杉原通訳官ノ白系露人接触事情」が、外交史料館に残っている。著者は杉原研究の過程で、70年近く眠っていたこの史料を発見し、本書を書くきっかけをつかんだという。杉原幸子夫人をはじめ、関係者への取材も精力的に行い、わずかに残された外交電信にも、目配りをきかせている。
純粋の学術書ではないが、従来のやや偏った杉原像を正したところに、本書の価値があるだろう。
- 感想投稿日 : 2011年6月25日
- 本棚登録日 : 2011年3月7日
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