はい、泳げません (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2007年11月28日発売)
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感想 : 88
4

4年前読んだ「弱くても勝てます」がとても面白かったので、高橋秀実さんの本はいつも読みたいと思ってた。読みたい本メモには、4年前からこの「はい、泳げません」は入っていたのだけど、なかなか出会うこともなくズルズルと今に来てしまった。タイミングですよね、本との出会いって。


超がつく水嫌いのヒデミネさん。大人になっても、海・湖・川などたくさんの水を見るだけで足がすくんでしまう。そんなヒデミネさんが、なぜか水泳教室に通う羽目になり……
悩みながら、愚痴りながら、「泳げる」と「泳げない」の間を漂った2年間の記録である。

今回も面白かった。
頭のなかでごちゃごちゃ考えながら、水泳と向き合っていたヒデミネさん。本当に悪いんだけど、そのごちゃごちゃ考えてることに笑ってしまった。
他にも、おもいっきりツボにハマってしまった場面は何ヵ所にものぼる。笑いがとまらずヒィーヒィー、お腹が痙攣するほどだった。

ちらっとそんな場面を紹介。
まず最初にフッと軽めの笑いが訪れたのは、このヒデミネさんと桂コーチの会話。

「考えてるでしょう、水の中で」
──はい、すごく。
「考えちゃダメですよ。何も考えないこと。泳ぐのは歩くのと同じです。歩く時、右、左と考えます?」
──考えません。
「同じように無意識で、泳ぐんです」
──もっと、こう、リラックスすればいいんですね。
「それはやめて下さい」
桂コーチ、即答。
──なんで、ですか?
「リラックスして、と言われてリラックスする人はいません。だから、リラックスしようとしないで下さい」
考えない、そしてリラックスもしない。ではどうすればよいのか?
「それも考えないことです」
──……。

ふふふ、面白くないですか?
もう一ヶ所だけ、わたしが最初にツボにハマって笑いがとまらなかった場面をちらっ、ちらっと。
それは生徒の浅倉さんが、泳いでいるときの息苦しさの原因について気づいた場面。

「えっ、息って吐くの?」
息苦しさに悩む浅倉さんが、びっくりしたように言った。
桂コーチともども全員が驚いた。彼女は息を吐かずに、ずっと泳いでいたのである。それも立たずに。息を呑み込んでいたのだろうか。
「なんで吐かないんですか?」
桂コーチがたずねると、浅倉さんが毅然と答えた。
「だって、もったいないでしょ。せっかく吸ったんだから」

そうなのだ。
このノンフィクションは、ヒデミネさんが考えちゃダメなのに頭でごちゃごちゃ考えてしまうことや、桂コーチとのやりとりの他に、生徒さんたちの言動がピカリと光ってるのだ。
たぶん、私よりも若干年齢層が高いと思われる女性陣たちは、呼吸の仕方や水中での姿勢の保ち型など、独自の解釈の仕方で実践している。
だからヒデミネさんへのアドバイスも個性的。
彼女たちは、ヒデミネさんのようにごちゃごちゃ考えてはいない。
桂コーチの「進化」する指導法にも、聞いているふりをして、自分にとって有益な部分だけをうまい具合に取り入れているのではないかと、わたしは密かに睨んでいる 笑
つまり柔軟性と発想力、自分で考える力があるのだ……あ、いや、そんな大層な言い方じゃなくて、彼女たちが創意工夫しながら日常生活を送るなかで培ってきたワザ?みたいなものが、水泳にも活きてるのだ、とわたしは思ってる。
そう、家族や近所・親戚付き合い、育児に介護、仕事、家事などなど、自分なりのやり方を見つけないと大変なのだよ 笑
だからなのだろう、ときには桂コーチの指導法より、あ、そっかと思うときも。
人生の先輩方の言葉がヒデミネさんにとってはピンとこなくても、わたしにはよく分かるのだ。
 
さて、ヒデミネさんは泳げるようになったのだろうか。その先にきれいな泳ぎ方を身につけることができたのだろうか。
笑って笑って最後は何だか感動するノンフィクション。大満足の一冊。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 伝記・ノンフィクション・対談集
感想投稿日 : 2020年10月19日
読了日 : 2020年10月19日
本棚登録日 : 2020年10月19日

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