人間の条件 (ちくま学芸文庫 ア-7-1)

  • 筑摩書房 (1994年10月5日発売)
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アーレントのいう「人間の条件」とはつまり、生命それ自体=生命を維持しなければならないということ、世界性=耐久性をもった人工的環境がなければならないということ、多数性=一人一人違った人間が共生しているということ、の3つである。
そして人間はこの3つの条件に基づき、消費物を生産する「労働」、耐久財を製作する「仕事」、公的領域に出現して他者と関係を結ぶ「活動」を行っている。
本書は、「労働」「仕事」「活動」それぞれの特性を、哲学史的背景とともに掘り下げながら、3つのうち何が最も重要だとみなされてきたかという、ヒエラルキーの変遷を記述するものである。
アーレントの議論は時系列に沿って展開するわけではないが、あえて時系列に沿って整理すると次のようにいえると思う。

古代ギリシアにおいて市民たちは、「労働」「仕事」を私的領域(家政)に属するものとして軽蔑した。自分たちはといえば、ポリスという公的領域において自らの卓越を表現する「活動」に余暇を費やした。【活動>仕事>労働】
プラトンは、「知っている者=思考する支配者」と「行為する者=実行する被支配者」を二分する哲人政治を提唱し、「活動」=政治のもろさを「仕事」の確実性に置き換えようと試みた。【仕事>活動>労働】
キリスト教は、個人の生命の不死を説き、生命を神聖視した。「労働」「仕事」「活動」のすべてが生命に従属するものと見なされ、均質化をもたらした。結果として、労働はかつてのように軽蔑されなくなり、むしろ奨励されるようになった。【労働≧仕事=活動】
あらゆるものに「疑い」の目を向けたデカルトは、あの有名な「われ思う、ゆえにわれあり」という一つの真理を、自己の精神の内側に見出した。「デカルト以降」の近代人は、自己の外側を取り巻く世界のリアリティを失い、他者の存在や人間一般に対する関心は薄れた。【労働?仕事>活動】
マルクスは「労働」こそが最高の価値であるとし、ニーチェは生命こそが人間のすべての力の根源であるとした。【労働>仕事>活動】
そしてデカルト的懐疑によりかつての信仰は失われ、近代人は再び死すべき存在となった。が、世界は依然としてリアリティを欠いている。人間はいわば自己の精神の内部に幽閉された。その結果、唯一不死のものと見なされうるものとしては、「種としてのヒト」の生命だけが残った(種として永遠の循環を繰り返す動物と同じレベルに成り下がった)。

アーレントは現代における「活動」の地位低下を嘆く。
自由な「活動」を保証するということ。日本はどうか?
市民参加を是とする政治制度、異なる意見を尊重する成熟した雰囲気、公的領域と私的領域の峻厳な区別……いずれも日本はまだまだ未熟と言わざるを得ない。
党議拘束が存在する議会政治は民意を正しく反映していないし、人々の間で政治的話題はタブー視される。ほとんどすべての選挙において、本来的には公的領域に属さない「経済」が争点となる……

もちろん、アーレントが理想としたような“純度”の高い公的領域は、現代では実現不可能だろう。しかし、「活動」が軽んじられ、個人が尊重されない現状に甘んじていれば人間の自由は侵されかねない。人間は自らの尊厳を保つために、絶対的真理など存在しないこの世界で、終わりのない「活動」に身を投じなければならない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2014年10月11日
読了日 : 2014年10月11日
本棚登録日 : 2014年3月23日

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