パリで猟奇的な事件を起こした佐川一政からの手紙ではじまる、現実と虚構が入り混じった物語です。
やがてパリにわたった著者は、そこで事件を起こした青年と接点をもったK・オハラという、絵画のモデルの仕事をしている女性と出会います。最初は乗り気ではなかったものの、彼女との会話をかさねていくうちに、著者はこの事件にかかわろうとする自己のうちへと向かうまなざしを深めていくことになります。
よく知られているように、現実の佐川という人物はみずからの事件を劇化しようとする企図をくり返しおこなっています。彼のつくったストーリーに乗ることはむろん、それに反発することも、自己劇化しようとする彼の企図を逆説的に実現してしまうことになるというべきでしょう。著者は、佐川の語ったジョナサンというドイツ表現主義の詩人の正体を追跡していくなかで、知人の「ワイ君」があきれてみせたような際限のない誤解をおこなうことによって、青年の自己劇化の企図をはぐらかしつつ、祖母へと回帰していく著者自身の幻想を紡いでおり、そうした著者の意図は成功しているといってよいと思います。
ただし、そのような意図によって貫かれた作品である以上しかたがないことなのですが、本書のどこをさがしても佐川一政の姿はなく、読者は本書のなかに唐十郎の姿しか見いだすことはできないといわなければならないでしょう。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
日本の小説・エッセイ
- 感想投稿日 : 2018年7月24日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2018年7月24日
みんなの感想をみる