誰かが足りない

著者 :
  • 双葉社 (2011年10月19日発売)
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本棚登録 : 2113
感想 : 385
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どこか懐かしい雰囲気のテーブルと椅子を
温かい光が照らす、素敵な表紙写真。

そんなイメージそのままの
素晴らしくおいしい料理と、感じのいいもてなしで
なかなか予約の取れないレストラン、ハライに
同じ10月31日の午後6時に予約を入れることになる、
6組のお客の物語。

就職に挫折して以来、流されるままに生きる「予約1」の青年は
「少しでもうれしいほうへ」と連れていこうとしてくれていた恋人の
気持ちを汲み取れず、離れていった思い出の中の彼女を。

「予約2」の、進行する認知症に怯えるおばあちゃんは
つまらない嫉妬から、生きているうちにハライで一緒に食事をして
しあわせな時間を共有する機会を逃してしまった、今は亡き夫を。

形だけの出世で、仕事と人間関係のストレスだけが増えた
「予約3」のOLは、いつのまにか去った恋人ではなく
本当に辛かった時に不器用なやりかたで助けてくれた幼なじみを。

死に至る病を笑顔で告白した母が亡くなって以来、人を信じられず
ビデオカメラのレンズを通さなければ人と接することのできない
「予約4」の青年は、そんな兄を気遣いながら、
いじめに遭っている友達にまで手を差し伸べていた妹と、その友達を。

「予約5」の、ブッフェレストランでひたすらオムレツを焼き続ける青年は
心をこめて焼き上げたオムレツを「できそこない」と突っ返しつつも
思い出の曲「水星」のクラリネットパートを偶然にも一緒に口ずさみ
昼寝のために部屋を貸してほしいと頼み込む、ちょっと変わった女性を。

そして、人の「失敗の匂い」を嗅ぎわけてしまう「予約6」の女性は
失敗を察知したのに救えなかった叔父への罪悪感から
思わぬ形で救いの手を差し伸べることになった青年と、
まるで運命の糸が引き寄せたかのような因縁を持つ、青年の彼女を。

それぞれの物語の始まりには
喪失の痛みや、思いを分かち合う誰かに巡り会えていない焦りを
どうしようもなく抱えていた彼らが、
ラストシーンでは、おいしそうな匂いの漂うハライの店内で
空いている向かい側の椅子に座る、「足りない誰か」を
待つことのしあわせを噛みしめながら、待っている。

踏み出すための小さなきっかけを懸命に掴み取ろうとする姿を
宮下奈都さんらしい、ハッとする言葉を散りばめて
丁寧に描いた、素敵な作品です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ま行の作家
感想投稿日 : 2012年7月15日
読了日 : 2012年7月14日
本棚登録日 : 2012年7月15日

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