「使いものにならない、身のほどをわきまえた愛。危険はひとつも冒さないけれど、それでも甘い滴りとして、地下資源として生き続ける。その上に、この新たな沈黙の重みを乗せて。この封印を。」
くるったようにまいにちアリスマンローなのだけれど、物語のはじまりにはいつだってどきどきしちゃう。時のながれとともに変わりゆく街並みと、人生の突飛さはとどまるところをしらず、それは哀愁をよぶものから滑稽にさえおもえるようなものへとその対象をうつしてゆくよう。
ふとした瞬間におとずれる満ち足りた幸せは、本のなかでふれる他人の人生、ごくたまに行くお笑いライヴ、そんなエキサイティングなできごとでなくて、年に50日程度の休日、繁盛しない(あるいはさせようともしない)店での、そんな日々のささやかなルーティーンのなかで訪れる。この人生における健気さは、誇ってもいいのだとおもった。楽しいことをつくらなければ、楽しくない は存在しないのだと気がついたときの寂しさと穏やかさのように、日々の倹しい美しさを思い出させてくれる。
"率直で曖昧、優しくて皮肉っぽい" わたしも、こころをすこしでもアンロックにしてしまったら、また愚かなことをしてしまうかもしれない、なんていうどうしようのなさを引きずりながら。
だって、「人生にはかなわないもんね」。
Hateship, Friendship, Courtship, Loveship, Marriage。もうそんなふうに、花びらをむしってゆくなんてことはしないけれど。
「Comfort」がくるおしいくらいに好きだった。「Post and Beam」も。じぶんが(あなたが)特別な存在だったかもしれないだなんて、ほんと笑っちゃう、そんなドラマチックなんて。
「しかし一方で ── 気持ちが高ぶった。急速に近づいてくる厄災が人生に対する責任のすべてから解放してくれるのだとわかっているときに感じる、言うに言われぬ高揚感だ。それから恥ずかしくなって、気を落ち着けて、じっと黙っていた。」
「それは、自分にとって本当に大切なものに対して、わたしが二度とつく必要のないことを願いたい類のうそであり、示す必要がないことを願いたい軽蔑だった。そんなことをする必要がないよう、わたしはなんとか以前の知り合いからは離れていなければならなかったのだ。」
「それぞれに結婚生活があるからこそ、このべつのなにかが甘やかで心を慰めてくれる期待となっていたのだ。それは独自で保てるようなものではなさそうだった。たとえ二人とも自由だったとしても。かといって、なんでもないわけでもなかった。試してみて、崩れ去るのを見てから、なんでもなかったと思うことになる危険もあった。」
「だが、まえには気づかなかったことに気づくようにもなった。毎朝ウィンドウに面したスツールや歩道のテーブルに座っている人々の幾人かが浮かべる表情に ── こうしているのがぜんぜんすばらしいことではなく、孤独な生活のありふれた習慣でしかない人たちの。」
「彼に会うときはのんきそうな顔をして、自立しているところを見せつけようとした。ニュースを交換し ─ わたしは必ずニュースを用意しておいた ── いっしょにわらい、峡谷へ散歩に行った。でも、わたしがほんとうに望んでいたのは、ただ彼をセックスに誘い込むことだけだった。セックスの激しい情熱が互いの最上の自我を融合させてくれると思っていたのだ。わたしはこういうことに関して愚かだった。」
「ずうずうしくなりすぎるかはにかみすぎるか、たいていはそうなってしまう。」
「冒険ってやつ。でもね。冒険に見えたけど、すべて筋書き通りなの、わかるでしょ。」
「そりゃ、もちろん、あの人がまちがってたのよ。男ってね、まともじゃないの、クリシー。あんたにも結婚したらわかるけどね」
「それに──と彼女は言った──ひとつはそういう場所がなくちゃ、いろいろ想像もし、知ってもいて、もしかしたら憧れてもいて──だけどぜったいにこの目で見ることはないってところが。」
- 感想投稿日 : 2023年4月23日
- 読了日 : 2023年4月23日
- 本棚登録日 : 2023年4月23日
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