死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力 5)

  • 松籟社 (2009年10月1日発売)
4.18
  • (12)
  • (9)
  • (7)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 130
感想 : 11
4

このところ「東欧の想像力」シリーズにハマっているわたし(^^♪
東欧の作家の作品を集めた面白いシリーズですが、でもそもそも東欧ってどこ?

学者の間でも百家争鳴のようで、おおむねロシアを外し、ウクライナ、ベラルーシあたりから欧州の中央に位置している旧社会主義圏の国々で、私の好きな作家の多いチェコ、あるいはポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、バルカン半島に位置するクロアチア(W杯頑張りました~♪)やアルバニア(ギリシャのすぐ北)などなど。

もちろん広義の東欧シリーズには「イディッシュ(ユダヤ)文学」も入っていて、言葉や文化も民族も宗教も多種多様。チェコ出身の作家ミラン・クンデラいわく、「中欧は最小の領土に最大の多様性が存在している」ひゃあぁ~巧いこと表現しますね。

本作はそんな東欧アルバニアのイスマイル・カダレ(1936年~)の初期作品(アルバニア語からの直訳)。
彼の本には初めて触れましたが、いやはや素晴らしい。神秘的な青灰色がかった情景描写といい、視覚と聴覚、とりわけ後者の感覚は研ぎ澄まされています。またカダレの作品はどれもこれも会話がカッコいい。目の前で演劇やいい映画を見ている気分になります。

***
20年前の戦争で没した自国兵の遺骨蒐集のためにアルバニアを訪れた某国将軍と従軍司祭。何カ月も土くれにまみれた挙句、すっかり変わり果てた兵士らを集める任務に悄然とする将軍。ちょうどそこに別の国の中将とはち合わせになります。どうやら彼らもまた戦没兵の遺骨を蒐集するためにおもむいたよう。

思うにまかせない死者の軍隊を探し求めて煩悶する将軍の内面描写が中心で、大きな空間移動はないし、派手なストーリー展開もありません。とても静謐な小説です。でも読者に訴えかける「時」(記憶)の移動は見ものです。切なさ、虚しい徒労感、やり切れなさといったものが混然一体となって、いまにもくずおれてしまいそうな将軍にハラハラしながら文字を追いかけてしまう……。

「真珠探しで水の深いところまで潜ると、肺が破裂することがあるという話を聞いたことがあるかい? まあ、我々の場合、こんな仕事をしているからには、心が張り裂けるんだろうな」
「そのとおりだ。我らが魂は張り裂けそうだ」
「くたびれたな」将軍は言った。
 中将は深いため息をついた。

かつてアルバニアはイタリア(ファシスト)とドイツ(ナチズム)に占領され、パルチザンや民衆らとの壮絶な闘いと流血の歴史があります。それも終焉をむえて20年も経た今ごろになって、自国の戦没兵の遺骨を蒐集する将軍のこの上ないわびしさ、徒労感……。

先日の米朝会談では、60年前の朝鮮戦争で没した米兵の遺骨蒐集・返還も協議したようです。思えば70年前の大戦で南方戦線の島々に没した日本兵の遺骨の多くは、いまだ島の山野にうずもれたまま……そして地上戦の市民戦没者の遺骨をい・ま・だ集め続けている沖縄。こうして世界中で土くれになろうとする遺骨の蒐集をしなければならない不条理を思うと、この「将軍」のやるせなさと徒労感が伝播してしまいます。

かつての敵地、恥辱、羨望、陰鬱さが高じてしだいに突飛でファンキーになっていく「将軍」の姿は、あまりにも人間臭くて滑稽で笑え、なんとも形容しがたい苛立たしさに泣けてしまいます。

この作品にはあえて固有名詞が伏せられています。でも読み進めていけば、おのずとアルバニアの歴史と、ある種の普遍的な真実が、もやのように行間から漏れ出してくるのが感じられます。鮮明な文字と対照的な青灰色にもやる行間、その深淵と陰えいのじつに見事なこと……力のある物語にはよけいな固有名詞や説明は不要なのですね。

余談ですが、カダレの作品は本作以外に4作品が翻訳されていて、中世以前の因習や民間伝承を基調にした『砕かれた四月』、『誰がドルンチナを連れ戻したか』、そしてボルヘスの世界のような幻想空間を描いた『夢宮殿』、さらに自伝的作品『草原の神々の黄昏』があります。
どれも描き方が違っていて面白く読ませます。ギリシャ古典悲劇(カダレはアイスキュロスが大好物だって)やシェイクスピア作品が好きな方にも、とくにお薦め♪

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年7月21日
本棚登録日 : 2018年6月29日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする