狐笛のかなた (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2006年11月28日発売)
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本棚登録 : 6727
感想 : 676
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宮部みゆきさんの書評を読んで、驚いた。これ、児童書なんですね?!(宮部さんもおっしゃるとおり)そんな枠組みは正直どうでもいいけれど、大人が読んでも、全く物足りなさなど感じない、深く深く心に残る物語だった。
 人間が住む「この世」と神々の住む「あの世」、そのふたつの世の境目の「あわい」。呪者や、霊獣。こんなものが出てきても、日本が舞台だからか、すっと受け入れられるような気がする。どこか懐かしい気さえする。
 この世界観をこんなにもコンパクトに書き収めているところに、作者の力量を感じる。上橋さんの作品はまだ二作目だけれど、本当に素晴らしいファンタジー作家だとすぐにわかる。
 先が気になるストーリー展開と、小夜と野火のせつない想い合いが、読者を先へ先へと急かすかのようだった。恨み、憎しみ、怒りの強さに人間の弱さを感じる。人間はそのような負の感情に身を任せて、人間ではコントロールできない、ありあまる力をつけたとき、自らを破滅の道へ進ませていくのだろうな。戦争や核兵器や、そういうものも、呪術と同じようなものなのだろう・・・
 なんとなく哀しい結末をイメージしていたので、温かなラストにほっと胸をなでおろした。花乃の望みがやっと叶ったとじんとした。全体的に、暗くしっとりしたお話であったにも関わらず、読了後は、涼やかな風が吹き抜けたような爽やかさがあった。美しい若桜野を幸せそうに駆け回る3匹の狐の残像が、しばらく頭から離れなかった。本当に素晴らしい作品だった。

本当に人間って・・・、と現実の世界に目を向けてもため息が出るけれど、負の連鎖を断ち切ることができる人間もいる。そう信じて。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年5月23日
読了日 : 2022年5月20日
本棚登録日 : 2022年5月2日

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