“「…文字のふりをした文字。文字の抜け殻だ。文字の本質はきっと、どこかあっちの方からやってきて、いっとき、今も文字と呼ばれているものに宿って、そうしてまたどこかへいってしまったんだろう。どう思う」
と境部さんが繰り返す。
「昔、文字は本当に生きていたのじゃないかと思わないかい」
(『梅枝』より、p.140)”
川端康成文学賞・日本SF大賞受賞作。
ずっと書名を『文字禍』だと勘違いしていたけれど、よく見たら『文字渦』!(同じことを書いているレビューが沢山あって、思わず笑ってしまった) とはいっても、ナベ・アヘ・エリバ博士の名は出てくるので強ち間違いではないか。
閑話休題。
本書は、非常にユニークでトリッキーな小説だ。12の短編が収められているのだが、それらを貫くのが「文字は生きている」というアイディアである。それも、比喩的な意味ではなく、字義通りの意味で。文字たちは姿を変えつつ時を経、或るものは栄え、或るものは滅ぶ。自ら蛍光を発して明滅し、版図を拡大せんと他の文字領域に侵攻する。彼らは子を産み、育て、そして死んでいった(突然のガンダムネタ…)。
一体どんな小説やねんと戸惑う方も居られるかもしれないが、本書の書きぶりは支離滅裂どころか、寧ろ理知的ですらある。Wikipediaによれば作者は影響を受けた作家として安部公房を挙げているそうで、確かに似た雰囲気はあるが、比較すると本書には不条理な感じはない、というか所謂「理系っぽい」印象を受けた。しかし、書かれた言葉の意味は一応通っているように思えるのだけれど、僕たちが普段馴染んでいるそれとは何処か少しずれている奇妙さ。
道教、仏教、分子生物学、情報科学といった広範な分野の概念や用語が登場するので、スマホの事典で都度調べなければよく分からない。だが、難解一辺倒なわけではない。基本的にこの本は文字遊び、法螺話で、クスッと笑えるユーモアがある。『闘字』は実質ポケモンバトルだし、『天書』の「漢字」はよく見るとインベーダーゲームだ。極め付けは『誤字』や『金字』でのルビを用いた悪ふざけで、少しやり過ぎではと思ってしまうほど。
設定がそれぞれ異なる短編間の繋がりは直ぐには掴みづらいが、よく読むと直接の関連を持っていることが分かる(ということを、僕は文庫版の解説を読んで初めて気づいた)。また、幾つかのモチーフが変奏されて繰り返し現れることで全体に不思議な一体感が生まれている。例えば、「阿語生物群」。または、「天に大書された文字」。
読み通すのにはなかなか骨が折れたが、その先には、確かに本書でしか味わえない読後感があった。それは、空間も時間も超えた想像の及ばないほど巨大な構造の中で、あちこちが“調和的な壮大な諧音(中島敦『環礁』)”を立てて互いに響き合っているような感覚である。脈々と蓄積されてきた人の知、或いは命を持った文字たちの歴史であろうか。実に摩訶不思議な世界を「体験」させてくれた一冊だった。
文字渦/緑字/闘字/梅枝/新字/微字/種字/誤字/天書/金字/幻字/かな
参考にしたウェブページ
・mojika 解説
https://scrapbox.io/mojika/解説
・『文字渦』著者 円城塔さん bestseller’s interview 第102回(新刊JP)
https://www.sinkan.jp/pages/interview/interview102/index.html
・文字についての謎を文字で明かす、円城塔の最高傑作(SF游歩道)
https://shiyuu-sf.hatenablog.com/entry/2018/12/23/151024
- 感想投稿日 : 2022年12月31日
- 読了日 : 2022年12月30日
- 本棚登録日 : 2022年12月30日
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