思考の整理学 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房 (1986年4月24日発売)
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”いくらか拘束されている必要がある。ほかのことをしようにもできない。しかも、いましていることは、とくに心をわずらわすほどのこともない。心は遊んでいる。こういう状態が創造的思考にもっとも適しているのであろう。(p.174)“

 帯に「東大・京大で1番売れた本」とあるのが目に付いたので(笑)、手に取った。「如何にして自分の頭で考えるか」ということを扱った本である。

 まず冒頭の「グライダーと飛行機」の話は、引用されているのをたまに見る。学校では、教えられたことを漏れなく蓄え、与えられた問題に対して正解を返すことを重んじるが、そこでの勉強は先生と教科書に牽引されてのもので、いわば「グライダー」である。これに対置されているのが「飛行機」だ。飛行機は、引っ張るものがいなくても自前のエンジンで力強く自由に空を飛ぶ。自分のことを飛行機だと自信を持って言える人はそう居ないと思うので、この本を読んだ人は軒並み、いきなりここでグサッとくるはずだ(笑)。何ということはない、僕もそうであった。 学校教育において成績優秀な「優等生」は、傍から見えるほど心中穏やかでない。「勉強はできるけれども、社会では成功できないのではないか」ではなく、「勉強ができる『からこそ』、社会では成功できないのではないか」という、よく分からんコンプレックスが(少なくとも僕には)あった。僕は学校の勉強はそれなりに出来たけれど、そのことを他人から指摘される度に、褒められて単純に嬉しいという気持ちと同時になんとなく複雑な気持ちも感じていて、中学生の途中ぐらいからは自分の成績を出来るだけ隠したり嘘をついて実際より若干低く見せたりということをするようになった。もしこんな変な劣等感があったりすると、グライダー云々という記述を読んで、まさに自分のことだ!と反応してしまうわけである。それはともかくとして、グライダーでは何故いけないか。それは、コンピュータ(いまの時代ならさしづめ人工知能と言ったところか)という優秀なグライダーが現れたからである。

 本書には、「思考の方法」が体系的にまとめられているわけではない。その意味で、筆者が後書きに書いているように、読者にノウハウを一から十まで教えるような所謂「ハウツウもの」からは程遠い。だが、チビチビと読み進めていると、幹となっているアイデア・言い方を変えながら繰り返し述べられているアイデアがあることに気づく。それは、「思考は整理してやらないと使い物にならない」ということだ。ショーペンハウアーも同様のことを言っているのを思い出した。曰く、
”食事を口に運んでも、消化してはじめて栄養になるのと同じように、本を読んでも、自分の血となり肉となることができるのは、反芻し、じっくり考えたことだけだ。 ひっきりなしに次々と本を読み、後から考えずにいると、せっかく読んだものもしっかり根を下ろさず、ほとんどが失われてしまう。(『読書について』光文社古典新訳文庫、p.140)“
 では、思考を整理するとはどういうことか。それは、適度な「忘却」である。筆者は“見つめるナベは煮えない”という外国の諺を紹介しているが、とっておきのアイデアは敢えて一時的に意識から外すことによって、他のアイデアと有機的に結びつけ、次第に発酵させる無意識の作用が働くことに期待するわけである。この過程の中で、結局は腐ってしまうアイデアもあれば、輝きを増すアイデアもある。
”寝させていたテーマは、目をさますと、たいへんな活動をする。なにごともむやみと急いではいけない。人間には意志の力だけではどうにもならないことがある。それは時間が自然のうちに、意識を超えたところで、おちつくところへおちつかせてくれるのである。(p.40)“
考えるとは専ら能動的な行為であるように思ってしまいがちだが、輝きの増したアイデアが再び訪れるのをひたすら待つという、受動的にならねばならない瞬間もある、というのが面白い。とはいえ、この無意識の作用に介入できないわけではない。発酵の種となる、良質な素材を準備しておけばいい。
 最後の章で、筆者は「第一次的現実/第二次的現実」という概念に触れている。簡単に言えば、物質世界が第一次的現実で、観念世界が第二次的現実である。現代は第二次的現実が優勢な時代であることを認めた上で、筆者は次のように述べる。
”しかし、知識と思考は、見るものと読むものとの独占物ではない。額に汗して働くものもまた独自の思考を生み出すことを見逃してはならない。いかに観念的な思考といえども、人間の考えることである以上、まったく、第一次の現実がかかわりをもっていないということはあり得ない。(p.194)“
思考を整理するとは抽象化であるから、この記述は、これまで述べたことと矛盾しているのではないか。いやそうではない。もっと、実体験に根ざした、他人から与えられるのではなく自分の手で作り上げた抽象化が必要だと言っているのである。
”第一次的現実に根ざした知的活動には、飛行機を要する。グライダーではできない。(p.195)“
”少なくとも読書のために、現実から目をそらすことがあってはならない。読書よりもずっと頻繁に、現実世界では、自分の頭で考えるきっかけが生まれ、そうした気分になれるからである。もっと詳しく言うと、具体的なもの、リアルなものは、本来の原初的な力で迫ってくるため、ごく自然に思索の対象となり、思索する精神の奥底を刺激しやすい。(前掲書、p.19)“

 たったの223ページと薄い本ではあるが、そこかしこに新しい発想を生むためのヒントがあって、刺激になる一冊だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 1 哲学
感想投稿日 : 2022年3月19日
読了日 : 2022年3月18日
本棚登録日 : 2020年3月20日

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