全五巻。本書は秦の天下統一の道筋を引いた呂不韋の物語。商人でありながら秦の宰相になった人物を、パワーポリティックスの側面だけでなく、「理想の政治」ひいては「理想の生き方」の追求を主眼に据えて描いています。主人公の前半生は余り明らかになってない(史記を通読したわけではありませんが)ことを考えると、35歳で秦の公子子楚に出会い、政治家に転身するまでの艱難はおそらく、筆者の創作のようです。また「性悪説」で有名な荀子を師の一人に据え、その思想をバックミュージックのように重低音で響かせているのも、また孟嘗君の薫陶を受けたことになっているのも、おそらく筆者の想像の賜物でしょう。ただ、当時の諸子百家が先進的な政治思想を様々に唱え、その頂点に主人公が為した業績があると考えられるからこそ、これらの想像が許容されているのでしょうか。
呂不韋の失脚後、秦王政(始皇帝)は17年で中国統一を成し遂げ、その後の中国史の模範政体を確立します。即ち皇帝独裁、官僚機構、中央集権です。筆者は呂不韋の思想に民主制ないし立憲君主制があると見ていますが、彼の死後にはその政治思想も諸子百家の鳴争も失われ、中国史上で政治的ダイナミズム自体がここで失われた、と考えられるかもしれません。
宮城谷さんの本を手に取るのは数年ぶりでした。中国史を見渡して人気が高いのは春秋戦国から漢楚攻防までの時期ですが、思想家が深く考え、政治家が知恵を絞った様が、ウィットに富んだやりとりとともに膨大な書物に残されたためではないでしょうか。故事成語の大部分はこの時期に生まれ、今でも人口に膾炙しています。そして本書は常に生き方を追求すべき、という応援歌のように感じました。次は荀子や史記にトライしてみたい。
- 感想投稿日 : 2008年6月1日
- 本棚登録日 : 2008年6月1日
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