地政学入門: 外交戦略の政治学 (中公新書 721)

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  • 中央公論新社 (1984年3月22日発売)
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地政学入門、というより、地政学史入門、と表現したほうがしっくりくるような気がする。著者の、地政学に対する愛着と思い入れを感じる。

著者は、地政学とは、との問いに、こう答えている。
(厳密には、「B」に、こう答え「させて」いる。)
「サア、それは答えるのに非常に難しい質問ですね。まず、ひとくちにいって政治学の一種であることは確かです。それもかなり手の込んだ現実的な政治学の形態と言えるでしょう。ふつう政治学では、よく日本の議会政治のあり方とか、またそれと外国の政治との比較とかいったことを問題にします。が、地政学ではそれもさることながら、常に地球全体を一つの単位とみて、その動向をできるだけリアル・タイムでつかみ、そこから現在の政策に必要な判断の材料を引き出そうとします。つまり、常に地球を相手にする政治学だから地政学だというのだと、まあそう簡単に言っておきましょうかね」

この地政学の祖として位置づけられるのが、ハルフォード・マッキンダー(英、1861-1947)である。彼が記した『デモクラシーの理想と現実』(1919)は、「現代地政学の古典中の古典」であり、アメリカ合衆国が第一次世界大戦に参戦した際に掲げた「デモクラシーのために」というスローガンに対して、現実的には、大陸(この場合はユーラシア~アフリカの一体的なもの=世界島world island、を指す)の‘ハートランド’が、最大のハードルとなることを示唆している。彼の出身であるイギリスの視座に立ち、当時賞賛されていた(そしてイギリスにとって最も誇るべき国力である)海軍力(=シー・パワー)を脅かす存在として、大陸・内陸=ハートランドの力、ランド・パワーを唱えた。言い換えれば、英国はこれまで、そのシー・パワーを利用して、大陸(ハートランド)を独占する国家権力が出現しないよう勢力均衡balance of powerを維持してきたが、二十世紀に入ってからは、もはや英国独力では均衡の継続が不可能となり、世界の安定のためには、英国に代わる(或いは英国を含む他国籍の)新たな海洋勢力sea powerの編成が必要だ、と論じたのである。常に彼は、均衡balanceを平和、自由の手段として位置づける。これこそが海洋国家・英国のお家芸であろうし、我々日本も学ぶべきところは多いように思う。

また、彼は、さらに突き詰めた考察として、「西欧世界とその文明の発達は、とどのつまり内陸アジアからの衝撃ないし圧力に負うものであった」(本書P40)という、「まさにコペルニクス的転回のような」理論を展開した。これも、あくまで西洋主義(欧州主義)的な視座を離れてはいないが、それでも「向こう側」から世界を見たという点では特筆すべきではあったのだろう。この考察も、結局は、いやだからこそ、均衡が重要だ、という論旨に繋がっているように思える

一方、地政学におけるランド・パワー側の雄が、ヒットラー、ナチス・ドイツにも多大な政治的影響を与えたと言われるカール・ハウスホーファー(独、1869-1946)である。本書では、ハウスホーファーの地政学に影響を与えた要素として、①フリードリヒ・ラッツェル(1844-1904)が提唱した「生活圏」(lebensraum)の思想、②マッキンダーのシー・
パワーとランド・パワーの対比論、③日本の大陸政策の具体的な展開(韓国併合の過程)、の3点を挙げている。

このハウスホーファーの理論そのものについては、本書ではあまり詳細には触れられていない。但し、理論の骨格はマッキンダーとの相似形であり、であるからこそ、ハウスホーファーは「ドイツはソ連と共同すべきである」(両者で‘ハートランド’を占有すべきである)と主張したのであり、その点でヒットラーと相容れなかったのであろう。彼は、戦後、妻とともに自殺(息子はヒットラー暗殺に関わったとして終戦前に処刑されている。)

地政学そのものは、やはり陸海軍の時代に生まれた理論であり、空軍やゲリラ的テロリズムが主戦場となろうとする今日においては、その意味合いは副次的でしかなくなってしまったように思う。また、それぞれの論者の視点に縛られる点はどうしても否めず、マッキンダーは英国の、ハウスホーファーは独逸の、そしてモンロー主義アメリカの論者はやはりアメリカの論理を正当化するために論理を構築しているように感じる面もないわけではない。

今、何故その地政学がもてはやされているのか、その理由は正直よく分からない。しかし、経済社会における先進国から新興国への大きなうねりの中で、まさに地政学的な、全世界の情勢を「巨視的」に把握する視座は、今後非常に重要であるように感じる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2010年5月5日
読了日 : 2010年2月14日
本棚登録日 : 2010年2月14日

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