ユング派心理学者が、人間の影の部分=オルターエゴを考える。
本書では〈影〉を研究にするにあたって基本的には小説や過去の心理学者が発表したものを例に取り、自身が臨床医として接した具体例には詳しく触れていないが、クライアントが見た夢はたくさん紹介されていてそれが面白い。「影の逆説」の章に載っている狼の夢などはよくできた昔話みたいだし、ユングが報告しているという真っ黒な装いの「白の祭司」と全身真っ白な「黒の祭司」の夢なんか象徴主義の絵のように謎めいて美しい。
よく「他人の夢の話を聞いてもつまらない」と言ったりするけど、多分それは映画やアニメーションで〈他者の夢〉を見ることに慣れてしまった現代人の感覚で、昔の人は解釈の分かれる幻想小説のように楽しく聞いていたに違いない。子どもに聞かせるには残酷に思えるような展開のおとぎばなしも、夢という〈影の世界〉からやってきた物語として受け入れていたのじゃないだろうか。
本書のまえがきには遠藤周作『スキャンダル』への言及があり、解説も遠藤が担当しているのだが、そのなかでキリスト教の教義とドッペルゲンガー、二重人格の関係性を実体験と共に語っている。河合は本文中で、西洋で生まれた心理学を日本人の心に適用するためのヒントをちりばめているが、日本人かつキリスト教徒の遠藤の文章によってもうひとつ大事な補助線が引かれているように思う。学部生時代にゼミで『スキャンダル』を取りあげたことがあったのだが、当時本書と遠藤の解説にたどり着くことができなかったことを残念に思った。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
エッセイ
- 感想投稿日 : 2022年12月17日
- 読了日 : 2022年12月14日
- 本棚登録日 : 2022年12月17日
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