畏るべき昭和天皇 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2011年1月1日発売)
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昭和天皇は西園寺公望らの助言もあって「君臨すれども統治せず」という英国型の立憲君主制に忠実であろうとした。その範囲において戦争回避のための最大限の努力を行ってもいた。本書を読めばそれは誰の目にも明らかであり、昭和天皇の戦争責任を問うのは酷だろう。だがそうであるならなおのこと「統帥権の独立」という明治憲法体制の欠陥を思わざるを得ない。

天皇は統治権の総攬者であるとは言え、それはあくまで国務大臣の輔弼に基づくもので、明治憲法は天皇親政を明確に否定していた。だが「統帥権の独立」のもとでは軍部を統制できるのは天皇ただ一人である(決定権はないが拒否権を行使できた)。首相として無責任との誹りは免れないが、近衛が軍部をおさえるために天皇がもっと積極的に行動すべきだと愚痴をこぼすのも無理はない。天皇が立憲君主の優等生としてふるまい、意見は言うが命令はしないということでは、首相が統帥部に口出しできない以上、一つ間違えば国家意思が曖昧なまま成り行きまかせになりかねないのだ。実際それは現実となった。

もともと「統帥権の独立」は軍部の優位性を志向したものでなく、軍事を政争の具にさせないためだった。統帥権干犯問題で先頭に立って政府を攻撃したのが政友会であったことをみても、政党が軍部をおさえるどころか煽ることさえある。だが平時はともかく、国家の非常事態に頭が二つに分裂していては責任を伴う政治決断ができる筈もない。つまるところ制度の欠陥を補うのは生身の人間のリーダーシップより他ないのだが、明治天皇における大久保、伊藤、山県に匹敵するリーダーを欠いたことに昭和天皇の不幸があり孤独がある。

その孤独の中にあって、2.26事件や終戦時にギリギリ示した昭和天皇の政治的理性には敬服する。しかしそのこと以上に、著者も指摘するように、打ちひしがれた状況の中で、全ての国民の幸福を願うただ一人の存在としてふるまおうとされた戦後のお姿にこそ、昭和天皇が「畏るべき」天皇たる最大の理由があると思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年12月31日
読了日 : 2023年12月31日
本棚登録日 : 2023年12月31日

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