モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵 (実業之日本社文庫)

著者 :
  • 実業之日本社 (2012年10月5日発売)
3.28
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本棚登録 : 809
感想 : 93
4

〇 概要
 お嬢様学校として有名なミッションスクール,メアリィ・セイント・ジェイムス女子学院(MSJ)の学校関係者が続けて死亡する。同学院の新任英語教師,住吉ミツヲは,混沌とする記憶を抱えたまま,事件に巻き込まれていく。果たして,彼は本当に同僚教師の妻を殺害してしまったのか?
 事件のカギを握るのは,魔性の女性事務員なのか。女子高生探偵遲野井愛友,大富豪探偵月夜見ひろゑ,そして腕抜探偵といった豪華なラインアップの探偵が登場する櫃洗市を舞台としたミステリの決定版!

〇 総合評価 ★★★★☆
 好きか嫌いかといわれれば好きな作品である。住吉ユリエ,遲野井愛友など登場人物が非常に魅力的であり,そもそも櫃洗市という舞台も好きだ。書評などを見ると,推理小説としてはいまいちという感想も多い。ストーリー全体として見れば意外性はあるのだが,殺人事件の真相を推理するとなると伏線も乏しいし,真犯人も地味。推理小説としてはそれほど評価できないのは分かる。これは,キャラクター小説として,櫃洗市を舞台とした群像劇を楽しむ小説として読むべきだろう。そのように読んでみると,結構楽しめた。
 
〇 サプライズ ★★★☆☆
 MSJの関係者である薩川佐由理,茅野真奈,智恵クロフォード,瀬脇修一郎の4人が死亡していたが,薩川佐由理,智恵クロフォード,瀬脇修一郎の三人を殺害したのは茅野真奈だった。茅野真奈は,智恵クロフォードを刺殺した後,投身自殺をする。茅野真奈が起こした連続殺人事件に,住吉ミツヲの記憶障害を重ね合わせることで,混沌とした物語を構築している。標葉いつかというMSJの女性事務員にまつわる「標葉いつかと関係を持った男は,決まってその直後に身内の誰かが謎の死を遂げる」という都市伝説を話に絡めてくる。
 住吉ミツヲは,ひょんなことを理由(この理由に,腕抜き探偵残業中の「青い空が落ちる」の登場人物,松嶋充子を登場させるのが心憎い。)に,自分の弟,ミツヒロを殺したいと思って標葉いつかと関係を持つ。そして,本当にミツヒロは交通事故で死んでしまう。ミツヲは自責の思いからミツヒロの死に関する全てを忘れてしまう。
 ミツヲは記憶を失うだけでなく,ときにはミツヒロを演じてミツヒロの死を忘れようとする心の病に陥っており,その状態を脱するために,高校生探偵である遲野井愛友が大富豪探偵である月夜見ひろゑの財力を使って,標葉いつかも殺害され,その真犯人がキムバリィ・ブラウン園長と早藤行雄教頭であるという大芝居を慣行する(この大芝居に,榎本裕子アナウンサーを使うのが心憎い。)。
 という荒唐無稽な話。終盤の怒涛の展開は,意表を突く真相なのだが,話があまりに荒唐無稽すぎて,サプライズはさほど感じなかった。ミツヲの記憶障害を解消するために行った大芝居を踏まえたラストも,「夢オチ」を思わせるようなオチ。話の骨格となる連続殺人の犯人が茅野茉奈で,話全体の構成としては意外性があるのだが,殺人事件の真犯人としてはいたって平凡。総合的に見て,サプライズはぎりぎり★3かな。

〇 熱中度 ★★★★☆
 住吉ユリエ,月夜見ひろゑ,腕抜探偵といった,これまでのシリーズでも登場した魅力的なキャラクターに加え,遲野井愛友,住吉美津子,住吉譲流と個性豊かで魅力的なキャラクターがてんこ盛り。話としても,「この話にどんなオチをつけるんだ」と思わせるほど大風呂敷を広げていく展開。熱中度は非常に高い。

〇 キャラクター ★★★★★
 魅力的なキャラクターがてんこ盛り。これまでの櫃洗市シリーズで登場したキャラクターがオールスターとばかりにそう登場するだけでなく,この作品がデビューとなる女子高生探偵の遲野井愛友も非常に魅力的。また,主人公の住吉ミツヲこそやや影が薄いが,その母,住吉美津子,父住吉譲流のキャラクターも一本筋が通っていて魅力的である。推理小説としてではなく,キャラクター小説として読んだ方が面白いかもしれない。キャラクターは文句なし。

〇 読後感 ★★★★☆
 荒唐無稽な話であるが,読後感は悪くない。住吉ミツヲと遲野井愛友が結ばれるというオチで,住吉家と遲野井家の家族が一緒に食事をするというラスト。殺人事件があったり,住吉ミツヒロが死んでいたり,そもそも住吉譲流と遲野井愛友の母が不倫の関係にあったなど,どろどろした背景があるので,冷静に考えるとそれほどハッピーエンドとも思えないのだが,そのような展開を忘れさせる気持ちのよいラストである。

〇 インパクト ★★★☆☆
 住吉ミツヲの記憶を取り戻すために,大掛かりな芝居をうったという話全体にはインパクトがある。しかし,推理小説としてみるとインパクトは薄い。殺人事件の真相が地味すぎるのだ。キャラクターが魅力的なのは美点だが,やや過剰なキャラクターが,個々のキャラクターの活躍のインパクトを薄めているのも事実。サービス精神が旺盛すぎたきらいはある。インパクトは★3か。

〇 希少価値 ★☆☆☆☆
 腕抜探偵シリーズはそこそこ人気がありそうだけど,モラトリアム・シアター自身がどこまで人気があるかは謎。西澤保彦作品は映像化されないし,実業之日本社文庫ということもあって将来的には手に入りにくくなる可能性はある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 実家
感想投稿日 : 2016年11月22日
読了日 : 2016年11月22日
本棚登録日 : 2016年11月22日

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