晩年 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.51
  • (221)
  • (288)
  • (648)
  • (67)
  • (14)
本棚登録 : 5199
感想 : 297
4

タイトルは『晩年』だが、太宰の処女小説集。昭和5年の心中未遂(相手の女性のみ死亡)後、もとから一緒になりたがっていた芸者の初代と結婚、本書に収録されてる作品を発表しはじめるも、昭和10年に今度は単独での自殺未遂。つまりこれらの初期作品群を太宰は遺書として書いており、20代半ばにしてすでに自分は「晩年」のつもりでいた。

民話調の変身譚「魚服記」、ちょっと不条理な「猿ヶ島」は好き。あと「陰火」の中の「尼」という作品は、夢十夜風というか悪夢的な不条理でとても良い。「雀こ」は太宰にしては珍しく青森の方言で書かれているせいか、同じ東北(岩手だけど)の宮沢賢治味を感じました。

「地球図」はシロオテという異国の宣教師が新井白石に尋問される時代物。どこかで聞いたような話だなと思ったら、小栗虫太郎の『紅殻駱駝の秘密』(https://booklog.jp/item/1/4309416349)にも登場する実在の宣教師シドッチ(ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ)のことだった。すっかり忘れていたけれど、坂口安吾の『イノチガケ』(https://booklog.jp/users/yamaitsu/archives/1/4061960571)にも登場している(表記はシローテ)。作家の間でシドッチブームでもあったのだろうか。

「道化の華」作者がちょくちょく顔をだす奇妙な作品。主人公の名は葉蔵なので「人間失格」の雛型かと思いきや、心中に失敗した葉蔵が結核療養院に入院することになり、そこに友達がやってきて看護婦さんとわいわい楽しく数日すごすという謎展開、どちらかというと「パンドラの匣」の雛型か。

創作過程の作者の独白が混じり込んでくる「猿面冠者」など実験的な作品も面白い。単純に読み物としては、私小説色の薄い「ロマネスク」や「彼は昔の彼ならず」が面白かった。とくに「ロマネスク」は、仙術太郎だの喧嘩次郎兵衛だのの独自の自己鍛錬方法がなんだかちょっとクスっと笑えて不思議なおかしみがあるのが良いですね。

※収録
葉/思い出/魚服記/列車/地球図/猿ヶ島/雀こ/道化の華/猿面冠者/逆行(蝶蝶/盗賊/決闘/くろんぼ)/彼は昔の彼ならず/ロマネスク(仙術太郎/喧嘩次郎兵衛/嘘の三郎)/玩具(※未完)/陰火(誕生/紙の鶴/水車/尼)/めくら草紙

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:  >た行
感想投稿日 : 2020年8月21日
読了日 : 2020年8月21日
本棚登録日 : 2020年8月19日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする