おそらく舞台は江戸中期以降の日本海に面した寒村。米もとれず漁も存分とはいかない貧しい村では、海沿いで荒天の夜に塩焼きの火を炊く。それは塩づくりにかこつけて海をゆく船をおびき寄せ、船員は殺し積荷を奪って生活の糧にしていた。それでなければ生活が立ち行かない。口封じに船員を殺すことが常道でありながらも、船の到来を「お船様」と呼んだり船が来るよう神に祈るしきたりなどからは、半ば神の恵みとして認識していることがわかり、それって若干のご都合主義にも思えるが、生きるためにしかたないことに思える。そんな村に2年かけて2件の「お船様」が来たことで、幸せと不幸があざなわれた縄のように村人たちを翻弄する。
よそから隔絶されたある種原始的な村人たちの生き方からは、生命をつないでいくことへの思いの強さがうかがえる。力のある男、多産そうな女がもてはやされたり、親は何としても子を生かそうとし、そのために再び帰れるともわからない年季に出たりする。そうした命を何とかしてつないでいかなければという思いが、終盤の村おさの決断にもなる。
親子だったり夫と妻だったりといった目の前の愛しい人との別れを悲しくともつらくとも受け入れ、村や一族のゆく末のことを考える。子のため子孫のためには自分の身を平気で投げうつ覚悟……いや、おそらく覚悟というほどもなくそれが当たり前のことなのだろう。翻って、親のエゴのような事件で子どもが虐待されたり命を失ったりする現代。コロナ禍のなか、わが身を守ろうとしてか他者を攻撃したり確かな根拠もなく非難したり排除したりするような時代。生き方の真剣さとして比べようもないけど、何だか現代の苦さを感じてしまった。
吉村昭の書いたものは初めて読んだけど、ストーリーの面白さもだけど危なげのない筆致ですいすい読んでいける。やっぱり小説の神髄って三人称で書いてこそだと思う。本物の小説を読んだって感じのほどよい満足感。
- 感想投稿日 : 2020年9月20日
- 読了日 : 2020年9月19日
- 本棚登録日 : 2020年9月19日
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