薔薇の名前〈下〉

  • 東京創元社 (1990年2月25日発売)
3.94
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本棚登録 : 2495
感想 : 179
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ミステリー部分が盛り上がってきた下巻
それとともに明らかにされる閉ざされた修道院の内部事情

今回も読者の前に立ちはだかる難解な問題が…
神学論争ともいえる、清貧論争、笑いをめぐる論争、異端論争…
これを全部避けてしまうとただのミステリー小説になってしまい
それはそれで充分面白いのだが、それではおそらくエーコ様が悲しむだろう…
彼が主張したいのはむしろこちら側だから…

亡くなった修道士をめぐるキーとなる1冊の秘密の本
それは「笑いの書」とされるアリストテレスの幻の書
アリストテレスの思想はこの当時、正当なものとして認識されていた
何が問題かというと、「笑い」を認めるアリストテレスの書が発見されると
「笑わないこと」に精神の高貴さを認めるキリスト教神学の立場が敗北となってしまう
信仰の妨げになるという考えがあった
そのためこの書をめぐり論争が繰り広げられるのだった

そして清貧と現実問題としての妥協点
上巻でチラッと述べた三つの修道会(ベネディクト会、フランチェスコ会、ドミニコ会)
大元は三会派とも清貧を求める戒律の元で神の真理を追求しようという姿勢だったのが、現実問題運営には財力、経済力が必要となってくる
清貧と現実問題としての妥協点をどうするか…
ここに権力争いや、それぞれの思惑が乗っかり非常にややこしい
そしてヨハネス22世が新教皇になると、教皇服従が第一とし、キリストの清貧思想の放棄を強要
これに従わないものを異端とし始めた

この三会派のハチャメチャ論争は見ものなのだが、三会派+ヨハネス22世のそれぞれの関係性と
詳細がわからないとなんだかワチャワチャした茶番シーンで終わってしまう

「異端論争」本来は正当な思想や秩序から外れているのが異端であるのだが…
誰の目からみてどの立場からみて異端か…
判断する側により異なってくるのがわかる
また理論づけしてでっちあげる異端狩りもずいぶんと簡単に行われていたのだろう
実際ウィリアムが異端審問官から退官したのもこういった理由から異端を決定づけられなくなったからである
「言葉」だけが上滑りして中身を伴わない実態にエーコ様は物申していらっしゃるのであろう
異端を排除していくシステムの恐ろしさ
記号や言葉だけを頼りに結論を出すことの恐ろしさ…
こういった批判も伝わってくる

レミージョ(厨房係)の告白が物語っているもの
異端とされる立場の人生が実に生々しかった
平信徒の純粋な信仰と行動が、歪んでいっていく様…
ハッキリいってミステリー部分よりこちらの方が恐ろしかった

そして最後…
こうきたか!という結末(ええ、もちろんネタバレはしませんよ)

やはりダンテ「神曲」をちゃんと読みたいなぁ
「デカメロン」、「ヨハネの黙示録」…
本が本を呼んでしまった(笑)

「モーロ事件」、「鉛の時代」など、政治情勢を隠喩している
言葉狩りや言論弾圧…
こういった背景が深いため、この辺りの知識があるとなお理解が深まるだろう

兎にも角にも考えれば考えるほど
エーコ様の膨大なる知識に触れれば触れるほど考えることが増え、
知識欲が刺激され続けるのだが
思慮深く生きることを教えられる
(本に誘発剤でも塗布してあるのかしら?)
ウィリアムがアドソに語ることばがそのまま読者に突き刺さる

本を閉じていても意味や意図を考えてしまう
わからなくても考えることが大切だと
ウィリアムがアドソに語るように
エーコ様が読者に語りかけているのでは?

偉大な書物を前に稚拙なレビューしか書けないことの悔しさもどかしさは久しぶりに味わった
と、同時に得た満足度もなかなかである

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年4月11日
読了日 : 2023年4月11日
本棚登録日 : 2023年4月11日

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コメント 3件

アテナイエさんのコメント
2023/04/11

ハイジさん

こんばんは! 登頂おめでとうございます(^^♪

素晴らしいレビューに唸ってしまいました! すごいです。ここまで深く読まれたのですね。アバウトなわたしはこんなに詳しく緻密に考えたことなかったな~と。
だいぶ忘れてしまっているので、これを機会にまた繙いてみたくなりました、楽しそうだ~。

どの時代もややこしい病を抱えていますけれど、エーコはそれをえぐり出して現代につなげているからスゴイですよね。これこそファイクションの力、物語ることはある種の真実なのだと思います。いろいろ考えさせてくれる滋味ふかい本ですね。それに加えて本というものの崇高さと、バカバカしさや滑稽さだったり、エーコはおもいきっり遊んでいて、おもいきっり真剣勝負なのでびっくりです。

読み手もそれに付き合うのですから、なかなか大変ですけど、途中からもう可笑しくなってきて、どうにでもしてくれ~(投げやりではありませんが)。ハイジさんはそんなこともなく、ちゃんと緻密に考えているからすごいな~と思いました!

>やはりダンテ「神曲」をちゃんと読みたいなぁ
「デカメロン」、「ヨハネの黙示録」…
本が本を呼んでしまった(笑)

そうですか。なんといってもエーコは時代背景や登場人物など、わりとダンテ『神曲』を意識して書いているようですね。原題が「神聖喜劇」ですから、なるほどな~って。
ハイジさんなら間違いなく楽しんで読めると思いますよ(^^♪




ハイジさんのコメント
2023/04/11

アテナイエさん こんばんは
コメントありがとうございます!

違うんですよ
深掘りしないと理解できないだけなのです
それに中途半端な好奇心がセットされているだけなのです
アテナイエさんみたいに的を得た見事で締まりのあるレビューに憧れます!

そうなのですよ
エーコの真剣勝負と遊び心の両極に完全ノックアウトです!
恐ろしすぎますこの方…

なんと!神曲は「神聖喜劇」なのですね
うわー納得です
神聖と喜劇をドッキングさせるとは、大胆すぎる…
ダンテといい、エーコといい
発想が尋常じゃないですね
でもその魅力に振り回されて、気づいたら呑まれてました!

アテナイエさんのレビューを読んで、次は「バウドリーノ」を読んでみたいです
…さすがにしばらく先にはなると思いますが…^^;

アテナイエさんのコメント
2023/04/12

ハイジさん

>エーコの真剣勝負と遊び心の両極に完全ノックアウトです!
恐ろしすぎますこの方…

きゃはは!! おもしろいです。ハイジさん。たしかにエーコは遊び倒しています。この知的な遊びについていく読者はちょっと大変ですが、好奇心わくわくで楽しいですよね。読むことは作者と読者の共同作業ですけど、ある種の知的攻防戦が繰り広げられる磁場のようなもので……もはやアリ地獄です(笑)。
これからもいっしょに楽しみましょう!

>なんと!神曲は「神聖喜劇」なのですね
うわー納得です
神聖と喜劇をドッキングさせるとは、大胆すぎる…

すみません、たぶん『喜劇』だと思います。
別の意味ですさまじい大西巨人『神聖喜劇』と、すっかりこんがらがってしまいました(笑)。

>ダンテといい、エーコといい
発想が尋常じゃないですね
でもその魅力に振り回されて、気づいたら呑まれてました!

はい、まさにアリ地獄です(笑)。

>アテナイエさんのレビューを読んで、次は「バウドリーノ」を読んでみたいです。

それはなんと嬉しい、お読みいただきありがとうございます。もう小さなオデユッセウスのような饒舌おしゃべりはちゃめちゃ少年の冒険譚です。また英気を養って楽しんでみてください~。

とても楽しいハイジさんのレビューのおかげで、またエーコ様を読んでみたくなりました。どうしよう。山ほど読みたい本が積まれていて、また…雪崩れそうだわ。

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