十二人の手紙 改版 (中公文庫 い 35-20)

著者 :
  • 中央公論新社 (2009年1月25日発売)
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本棚登録 : 2927
感想 : 299
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もともと書簡体の小説はあまり好きではなく、これまで手にすることはほとんどなかった。手紙文という形式上、抑揚の少ない文体で綴られていることが多く、ドラマティックな展開になる作品にほとんど出会えなかったからである。

本作を手にしたのは、書店で「どんでん返し」と書かれた宣伝文句とともに平積みになっていたからであり、さらには著者が井上ひさし氏という期待感である。

タイトル通り、十二の書簡体での小編からなっている。それにプロローグとエピローグを加えて、正しくは十四篇の作品を集めたものである。書簡体といっているが、中には役所などに提出する事務的な書類への記載で構成された作品もある。これらの集まりで一篇の物語を生み出してしまうのは、井上ひさしという作家の面目躍如であろう。どの作品も、氏らしい趣向がこらされていて、これまで敬遠してきた書簡体の小説が、かくも楽しいものかと再発見できる。

プロローグとエピローグは、その間で綴られる十二編の物語と関連してくる。ゆえに本作は短編集という体裁になってはいるが、一冊を一気に読むべきである。個々の作品に巧みに織りこまれた作者の企みと作品全体に潜ませた企み、これらをすべて味わい尽くすには、すべてを通して読むしかない。書簡体といっても、著者の滋味豊かな文章でつづられた本作は、単調になるなどということはなく楽しんで読むことができるだろう。

手紙という形式で、かくも豊かな表現ができるものかと驚いたと同時に、手紙は実は書き手の内面を生々しいまでに晒してしまうものなのだと感じた。

単なるどんでん返しの繰り返しではない。それぞれの作品に、各々の趣向をこらせて、アイロニーの効いた作品に仕上げている。SNSをはじめとするデジタルデバイスを前提としたツールが氾濫している現代、手紙というアイテムは前時代的かもしれない。だが、今読んでもそうした古めかしさは感じない。それは井上ひさしという偉大な作家の圧巻の筆力に依るものであろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説・物語
感想投稿日 : 2020年5月18日
読了日 : 2020年5月16日
本棚登録日 : 2020年5月12日

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