映画にもなったみをつくし料理帖シリーズの第二巻である。第一巻では、主人公の澪と幼馴染で吉原遊郭の伝説の太夫となった「あさひ太夫」こと野江とのなれそめが語られた。第二巻では、遠いところにいてその姿を拝むのさえできない野江とのもどかしい交流も語られるが、一方で焼失してしまった澪が料理人を務める「つる家」が新たな地で再出発する様子も描かれる。
新しい「つる家」も以前の店以上の賑わいとなり、店主の種市が新たな下足番として、まだ幼さの残る娘を雇い入れるところから物語は動き出す。第一巻で、料理店としては「つる家」が足元にも及ばないはずの大店である登龍楼が、澪が店で新たに出した料理とそっくりのものを店で出す、という事件が再び起こる。それは新たな下足番として雇った「ふき」がつる家に現れてから起きるのだが、その謎を解き明かすと、それは澪にも通じる物悲しいふきの運命を明らかにすることにもなっていた。
文字を追うだけでも垂涎しそうな情緒あふれる料理の描写もさながら、日常にありそうな出来事を伏線として江戸人情を描き出す高田郁の手腕は、第二巻でも衰えを知らない。ミステリー小説のような大きな事件が起きるわけではないが、第二巻に収められた四つの作品のいずれも、読んだ後に思わず気持ちが温かくなる快さがある。同時に、号泣ではなく、滲むような涙を誘う。人情という人と人が触れ合う中で生まれる、小さなハレーションで、『みをつくし料理帖』は読む者の心を小さく、しかし絶え間なく揺さぶり続ける。この感情は、おそらくすべての読者に共通して心地よいものとなるはずである。
江戸というと落語を思い出すが、落語の世界でも一見愚かなものが登場しつつ、そこには人と人との交わりがあり、最後は笑いで終わる。『みをつくし料理帖』では決して落語の世界のような笑いはないが、やはり人同士の交流、ふれ合いがあり、人はその交流の中で必ず何かしら成長するものなのだと教えられる。同時に、料理人として身を立てるのだという澪の強い信念が、成長の起爆剤であることもまた描かれている。澪の信念が、周囲の者たちの優しさを誘引する、ともいえるかもしれない。
当時、女が料理を商うことは相当困難であった。完全に男性優位の社会で、それでもおのが信念を折ることなく料理と向き合う澪は、時に情に流されて涙を流したりする可憐さを備えているけれど、やはり強いのである。
- 感想投稿日 : 2021年1月8日
- 読了日 : 2021年1月2日
- 本棚登録日 : 2021年1月1日
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