今朝の春―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-4 時代小説文庫)

著者 :
  • 角川春樹事務所 (2010年9月15日発売)
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感想 : 583
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読む手を止めることができず、読み進めたみをつくし料理帖もいよいよ四巻目を読了した。全十巻なので、物語も中盤に入ったことになる。長い時代物語だが、ここまでその長さを感じなかった。一巻当たり四話収録されている構成だが、あっという間に読めてしまう。時代小説といっても決して史実を忠実になぞる物語ではないので、それぞれの物語は、都度、異なる色合いになっている。さりとて、個々の物語は完全に独立した話ではなく、それぞれが相互に関連しあって、「つる家」の女料理人澪を中心とした大きな物語を形成している。

当初は、澪と幼馴染で今や吉原廓の伝説の太夫「あさひ太夫」となった野江が巡り会う物語だと思いながら読んでいたが(映画化されたときの主題が、澪と野江を巡る物語だったせいもあろう)、いつしか澪を取り巻く人々も増え、吉原の翁屋はさることながら、お馴染みのつる家の客を交えつつ、武家も町人もさまざまに澪の人生に綾をなしている。日本橋の大店の一人娘である美緒も、澪の下で料理修行をすることとなる。その理由を聞けば、美緒もまた江戸という時代の運命に翻弄されているといえる。この物語によって同じ「みお」と読む二人の妙齢の女性、澪と美緒は本格的な出会いを果たす。最初は鼻持ちならない性格で描かれていた美緒だが、澪と接するうち、いつしかツンデレキャラに属性変化しているところは見逃せない。

おりょうの夫、伊佐三の浮気事件もあった。大工の伊佐三が浮気の濡れ衣を着せられても、言い訳することなく、黙って「ある目的」を遂げようと奔走する姿も、途中までは人情噺であり、滑稽噺の様相も見せるが、結末はなるほどと思わせる。一時は夫の浮気疑惑に、頭に血を昇らせていたおりょうもこの結末を聞かされては、号泣するしかあるまい。決めの台詞は「お前さん、惚れ直したよ」といったところか。

別のところで『みをつくし料理帖』は総じて人情噺である、と書いたが、高田郁は本当に読者を泣かせるのが上手い。上手いというのは、すなわち最初から泣かせようという意図を見せず、その企みは常に巧みに隠されて、静謐に淡々と、そして時に滑稽に話を進めてゆき、しかし最後には必ず人情オチで泣けるように仕掛けているのである。こうした話を一見連ねた物語集のようでいて、それらの物語同士がさまざまな形で絡み合い、澪を巡る一つの大きな人情噺が形成されてゆく様は、第四巻まで読み進めて、ようやくその一端が見えてきたような気がする。

物語には起承転結が欠かせないが、次の巻あたりから、物語は「転」の展開を見せる予感がする。ここまで、多くの登場人物が現れ、概ね役者は揃ったと思われるからだ。運命に翻弄されながらも、おのが軸である「料理」へのストイックな愛着は決して忘れない「泣き味噌」澪の奮闘劇はそろそろ何らかの転機を迎えるはずである。ますます読む手が止められなくなる予感もまた、読むごとに強くなっている。さりげなく人情噺を書けてしまう高田郁という作家もまた「粋」ではないか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説・物語
感想投稿日 : 2021年1月13日
読了日 : 2021年1月10日
本棚登録日 : 2021年1月1日

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