天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-12 時代小説文庫)

著者 :
  • 角川春樹事務所 (2014年8月9日発売)
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本棚登録 : 3902
感想 : 575
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良かった、という思いと、残念、という思いが相半ばしている。『みをつくし料理帖』の最終巻『天の梯』を読了しての素直な思いである。全十巻という長さの小説を読んだのは、本当に久しぶりだった。最初はその長さに、最後まで読み切るだろうかと少々不安を抱きながら読み始めたのを覚えている。しかし、長いはずの物語は読み始めたらあっという間に終わってしまった。その意味で「残念」なのである。

おそらく『みをつくし料理帖』を読んだ多くの読者が共感していただけると確信しているが、この物語には妙に共感してしまう。小説がテキストである以上、まずは読んだ文字、文、文章を理解しつつ読み進める。だが本作は、同時に、いやそれ以上に、感情を揺さぶるのである。穏やかで、のどかささえ感じる筆致でありながら、この物語を通読する間には、何度か涙腺を潤ませたり、登場人物の僥倖に快哉を呼び起こされたりすることだろう。そして、読者はいつしか物語の中に生きる登場人物に寄り添う、もう一人の作中人物になったような気持ちで読み進めるのではないかと思うのである。そのような次元で読むことのできる物語は、そうそうあるものではない。だから、本作を読んでみて「良かった」と思う。

まだまだ続きを読みたい、と後ろ髪を引かれはする。読みながら何となく予想した結末とも、少々違った。しかし、高田郁が『みをつくし料理帖』の仕上げに用意した結末は、十分に満足できる大団円であった。ここまで澪が、多くの関わった人から受けた情、そして、おのが矜持を貫こうとする意志とそれでも自分より他人のことを考えてしまう葛藤の中でもがいた姿を共有しているからこそ、この大団円はまことに心に沁みいる。『みをつくし料理帖』の構成は、各巻四話ずつ収録される形になっている。最終巻もまた然りである。『天の梯』も第三話まで読み終え、いよいよ最終話というときに、あえて一日待った。続けて読みたくなかった。もっと正直に言えば、読み終えたくなくて、読了までに自ら一日のモラトリアムを設けたのである。読書をしていて、このような躊躇いを覚えたのは初めてのことだった。

この読み方は正解だったと思う。高田郁は意地悪な作家でもある。十巻かけて張り巡らした伏線を、やすやすとは回収してくれない。このまま物語が進めば、伏線は未回収のまま結末を迎えてしまうのではないか、と不安を覚える。一方で、ここまでこれほど素晴らしい物語を読ませてくれた作家が、そんな中途半端な小説を書くはずはないと頭の中で打ち消しながら読み進める。最終巻は、いよいよ澪を巡る物語の集大成だと期待感が最大値を示す一方、不安を打ち消しながらの自分自身の中でのいわば勝手な葛藤と戦いながらの読書体験だった。感情をも揺さぶってくるこの物語をいよいよ読み終えるにあたって、だから一日のモラトリアムは必要だったのだ。そして、意を決して、一気呵成に最終話は読んでしまった。途中で手を止めることなどできなかったし、無論したくもない。

今はすばらしい物語を読み終えた後に、必ず訪れる寂寥感に苛まれている。もう続きを読めないのだ、という反動からくる禁断症状は今しばらく続くだろう。この症状に効く薬は、本作を上回る小説を読むことだとわかってはいる。が、その薬はまだ見つからない。

追伸:
コロナ禍で自粛生活を余儀なくされている国民に、大して効果がないマスクを配って、上前をピンハネしている暇があったら、『みをつくし料理帖』十巻セットを国民に配付したらどうだろう。そうすれば蟄居の身も、その辛さは大幅に軽減されると思うのだが……。永田町に蠢く老害諸氏、御一考あれ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説・物語
感想投稿日 : 2021年1月25日
読了日 : 2021年1月24日
本棚登録日 : 2021年1月1日

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