切り裂きジャックの告白 刑事犬養隼人 「刑事犬養隼人」シリーズ (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2014年12月25日発売)
3.84
  • (14)
  • (42)
  • (23)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 261
感想 : 36
5

本作は中山七里の<犬養隼人シリーズ>というシリーズ物の一作である。本シリーズの第一作目であるらしい。これを手にしたのは、Amazonでタイムセールの対象となっていたため、いずれ読もうとは思っていたが急遽購入した。こんなことが、とある一冊の本との出会いとなることもある。

本作では、臓器移植という重いテーマが通奏低音となる。物語が始まるや否や、すべての内臓が抉り取られた死体が発見される。川を挟んで警察署の目の前にある公園で、とても素人技とは思えない鮮やかな手さばきで、被害者のあらゆる内臓はきれいに抜き取られていた。
この段階ではまだ臓器移植というテーマは完全に後景化されており、一見して猟奇殺人事件としか思われない。読者の多くも、そのイメージに誘われるだろう。
だが平成の切り裂きジャックを自称した犯人は、マスコミや警視庁を手玉に取り、二人目そして三人目に手をかける。同時に臓器移植や脳死問題が、捜査過程が描かれる中で前景に表出してくる。捜査が進むにつれ、少しずつ犯人像は明らかになってゆくが、あと少しのところで同じドナーから臓器提供を受けた患者がジャックの手にかかる。残された患者はあと一人。絶対にジャックから守らねばならないという使命感と同時に、何としても最後の患者に接触するであろうジャックを確保しなければならない警視庁の刑事たちの焦燥は読みどころだろう。

ミステリー小説としては、警察と自ら「切り裂きジャック」を名乗る犯人との息も詰まるような攻防が楽しめる。同時に、臓器移植手術という制度、ひいては「脳死」という概念に対して我が国が抱える問題点が浮き彫りにされる。著者の問題意識は、物語の中に散りばめられている。諸外国と同様、日本も法治国家を標榜しているが、それを支える法自体が利権が優先し、拙速な議論で作られているために、十分機能しないばかりか余計な軋轢をも呼んでしまうことがよくわかる。
幸運にも臓器移植を受けられた患者が継続的に受ける苦痛も余すところなく描かれている。
「脳死」という、いわば完全に「死」に至っていない段階についても、著者は筆を割いている。脳死患者から臓器を摘出する際に、患者には麻酔がかけられる。概念的には死んでいるはずの患者に、麻酔をかけなければならない矛盾。臓器移植にまつわるこうした矛盾を、著者は曖昧にしない。
ゆえに、読者は一流のミステリーを楽しみながら、臓器移植や脳死といった制度の是非について思いを巡らすことになるだろう。現在に至るまで、日本の政治家が常に利権を優先し、自分とその周辺にのみ利益誘導を図った結果、さまざまな制度設計の欠陥が浮き彫りになる様を、この物語は臓器移植という側面から浮き彫りにする。

物語の雰囲気は「社会派」というと大げさに聞こえてしまう気もする。だが、日本社会に巣食う病巣を明らかにするという意味では、社会派ミステリーに数えられるのではないだろうか。
本シリーズには、映画にもなった『ドクター・デスの遺産』もその名を連ねる。それぞれに扱うテーマは異なるものの、社会問題となるようなテーマを扱う医療ミステリーという位置づけになるようである。個人的には嗜好のベクトルが一致する。中山七里氏の手になる極上のミステリー小説でもあり、このシリーズは引き続き読んでみたいと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(ミステリー)
感想投稿日 : 2023年2月14日
読了日 : 2023年2月13日
本棚登録日 : 2023年2月8日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする