喫茶店の本棚にあったのをたまたま手に取り、面白さに驚愕してそのあと本屋を回りましたが在庫が見つからず、少し離れた図書館に借りに行って読破しました。明治生まれの著者の思い出話なのですが、卓越した描写力で文章の隙間から明治の下町の風景や人情が鮮烈に浮かび上がってきます。浅草の花火やほおずき市、今はなくなってしまったお蕎麦屋さんや芝居小屋、興味深い話ばかりなのですが…特に印象的だったのが男女の話です。時代もあって男尊女卑が著しく、著者のお父様はモテる自分を鼻にかけて堂々と浮気するような人だったそうなのですが、それを陰で支えていたお母様の存在が大きかったことが分かります。中でも「母の丸髷」は印象的でした。この時代の女性たちはとても強いけど同時にせつない。
―父と母は、一生、仲のいい夫婦にはなれずじまいだった。やっぱり、星のせいかも知れない。けれど、母は、心の底では、父に惚れていたような気がする。戦後まもなく亡くなった父の命日には、かならず、好物の天ぷら、うなぎ、おさしみなどを供えていた。
「あのころは、おいしいものがなくってねえ。本当に気の毒だったよ」
もうすこし、生きていたら、こんなものを食べさせられたのに……と、涙をこぼしたことがある。どんなときにも泣かない母だったのに……。(173P)
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
エッセイ
- 感想投稿日 : 2023年9月4日
- 読了日 : 2023年9月3日
- 本棚登録日 : 2023年8月23日
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