神曲 地獄篇 (角川ソフィア文庫)

  • 角川学芸出版 (2013年11月22日発売)
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 「人の命の道の半ば
  正しい道を踏み迷い
  はたと気付くと 闇黒の森の中」

 気付くと深い森に迷い込んでいたダンテは、そこに住まう獰猛な野獣に囲まれ危殆に瀕します。
 しかし突如現れた詩人ウェルギリウスの助けでその場を切り抜け、代わりに地獄への道に足を踏み出すことになります。

 「・・・我は無窮に続くものなり
  一切の望みを捨てよ 我を入る者」

 ロダンの作品でも有名な「地獄門」(レプリカが国立西洋美術館(東京都)にも展示されていますね)を通過し、ダンテはその先々で、過酷な罰に呵責される様々な亡者たちを目の当たりにする・・・、『神曲』 は言わずと知れたダンテの代表作です。

 本作品は全3部作の一つ、『地獄篇』となります(ほかに『煉獄篇』、『天国篇』が続きます)。
 ほかの出版社の作品は知りませんが、本書の構成は非常に親切です。
 まず文章が全体的に口語調で表現されています。文語調は格式高くはあるが非常に読みにくい。なので内容の把握しやすさが雲泥の違いです。

 また原作ではダンテの旅が切れ目なくダラダラと果てしなく続く構成ですが、本作では内容の切れ目(圏谷(地獄のステージ)の切れ目など)で物語を区切っており、区切りの冒頭に(これから起こる出来事の)要約が書かれているのでこれまたわかりやすい。

 さらにかなりの数の注釈が加えられているのも特徴の一つだと思います。
 解説でも指摘されていますが、 「ダンテの著作を読むことは、とくに『神曲』においては、中世を通じてギリシャ・ローマの古典的な学芸を綜合した形で読むことを意味して」います。
 その内容はギリシャやローマの神話、逸話、歴史書など様々な文献からの引用にあふれています。
 それらが事態の隠喩表現に用いられるのだから、知らない人間が読んだら全く内容を理解できません。そのため大量の注釈がこれを補完してくれています。
 これらの点から、始めて『神曲』に挑戦しようという方は本シリーズ(角川ソフィア文庫)が最適なのではないかと思います。


 ダンテはウェルギリウスの助けを得て地獄を旅するわけですが、その道のりがまた長い!
 10の深い谷(圏谷)を下り、さらに第7圏谷には3つの環状地、第8圏谷には10もの嚢状地、第9圏谷には4つの環状地が存在します。

 そのそれぞれに異なる罪過で呵責を受ける亡者らが苦しんでおり、それは主にダンテの生きた時代の名士たち(貴族、僧侶、法王などなど)ではありますが、他にもオデュッセウスやブルータス、マホメットなどよく知った名前も現れます。
 そしてメデューサやミノタウルス、ケルベロスといった獰猛な怪物がこれらの者たちに容赦ない呵責を加えます。

 それでもって呵責の内容がこれまたすさまじい。
 第4圏谷では吝嗇者(どケチ)と浪費者がお互いを「(金を)つかいやがって!」 「貯めやがって!」 と罵りながら、狂ったように殴り合います。
 第7圏谷の第2環では自殺者が樹木に変えられ、怪物たちがその枝を折るごとに断末魔の叫びが響き渡ります。
 第8圏谷の第3嚢では、神職につきながら聖物や聖職を売りさばいた者たちが、穴の中に頭から突っ込まれています。穴から出た足先には火がついており、亡者は熱さに耐えかねて足をバタバタと激しく動かします。
 同じく第8圏谷の第6嚢では、偽善行為で金もうけを行った連中が、表面は黄金色だが中身は厚い鉛の外套を着せられ、足を地にめり込ませながら永遠に歩き回らされます。
 第9圏谷は凍てつく氷の世界であり、ここに落とされた裏切り者たちは激しい寒さにガチガチと震えながら、眼球に張り付いた涙の氷晶を「はがしてくれ!」と懇願します。

 それ以外にも身の毛もよだつような呵責のさまが、本作『地獄篇』では描かれています。
 今でこそ残酷表現てんこ盛りのゲームが世に広まってるので『地獄篇』を読んでもそれほど驚くことはありませんが、そのような発想のない時代においてはかなり刺激的な内容だったのではないかと推察されます。

 また本書は全般的に口語調にまとめられてはいますが、麗しい表現がてんこ盛りです。

「日は落ちて 褐(かち)いろの大気が
 地上のいきものを その労役からときはなした。
 わたしはただひとり これからの旅とその哀れさとにいたむ心のせめぎに
 堪えてゆく心がまえをした。
 そのさまは 記憶があやまりなく語るだろう。」

「はてさてピーサよ。 その言葉がきよらかにひびく美しい国人たちの面よごしよ。
 近隣の府がおまえを懲らしめるのに手ぬるいのなら、
 カプライアの島よ、ゴルゴーナの島よ、うごけ!・・・」

 そのため『神曲』のもつ古典的雰囲気もそれなりに味わえるのではないかと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 思想・哲学
感想投稿日 : 2020年9月8日
読了日 : 2020年9月8日
本棚登録日 : 2019年4月8日

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