婦系図 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2000年6月29日発売)
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感想 : 43
5

面白かった...!言葉も平易だし、筋も明快で、鏡花作品の中ではだいぶ読みやすいのではなかろうか。主税と蔦の悲恋、先生との師弟関係、家族主義・河野家への復讐と話がどんどん展開して、面白かった。文章も調子が良く、登場人物の美しさもぴかいち。蔦と先生好きだった....

まず蔦。一途に思いながら、主税に来客ある時はそっと身を隠し、また師の言いつけを守り、別れ二度と会えなかった人。恋しい男のために、身を引く様がもう涙だった...最期も先生が許してくれて嬉しいって、それだけを言うのがね...はあまじで好き...切ない...

そして江戸っ子の先生!別れろ!って言うんだけど、そこまでのやり取りも、蔦の最期に駆けつける所も、決して人情がないわけではなくて、ずっと小気味が良い人だった。鏡花の実体験ベースということで、紅葉こういうところあったのだろうか。これは偉大な師匠だなあ笑

最後に主税。おまええええと一回は絶対言いたい。蔦だけでなくて、菅子も道子も籠絡しおって!まあとはいえ蔦ありきなところが好きだったよ...すず夫人のこと好きだったんだろうなあと思いました。

短編「湯島の境内」では別れる直前だったので、本作の悲劇的なエンディングには驚き。そうだったんだな...本当に鏡花たまらないなあ〜

さて好きだったところは以下。
(前編)
「羽織が無いから日中は出られない、と拗ねたように云うのがねえ、どんなに嬉しそうだったでしょう。それに土地馴れないのに、臆病な妓ですから、早瀬さんがこうやって留守にしていなさいます、今頃は、どんなに心細がって、戸に附着(くッつ)いて、土間に立って、帰りを待っているか知れません、私あそれを思うと……」(四十三)

「地方へ行かない工夫はないの?」と忘れたように、肩に凭れて、胸へ縋ったお妙の手を、上へ頂くがごとくに取って、主税は思わず、唇を指環に接けた。
「忘れません。私は死んでも鬼になって。」
 君の影身に附添わん、と青葉をさらさらと鳴らしたのである。(五十九)

(後編)
「ぶるぶる震うと、夫人はふいと衾を出て、胸を圧えて、熟と見据えた目に、閨の内をみまわして、ぼうとしたようで、まだ覚めやらぬ夢に、菫咲く春の野をさまようごとく、裳も畳に漾ったが、ややあって、はじめてその怪い扱帯の我を纏まとえるに心着いたか、あ、と忍び音に、魘された、目の美しい蝶の顔は、俯向けに菫の中へ落ちた。(十九)

「おお、半襟を……姉さん、江戸紫の。」
「主税さんが好な色よ。」
 と喜ばれたのを嬉しげに、はじめて膝を横にずらして、蒲団にお妙が袖をかけた。
「姉さん、」
 と、お蔦は俯向いた小芳を起して、膝突合わせて居直ったが、頬を薄蒼う染るまでその半襟を咽喉に当てて、頤深く熟と圧おさえた、浴衣に映る紫栄えて、血を吐く胸の美しさよ。
「私が死んだら、姉さん、経帷子も何にも要らない、お嬢さんに頂いた、この半襟を掛けさしておくれよ、頼んだよ。」
 と云う下から、桔梗を走る露に似て、玉か、はらはらと襟を走る。(二十三)

「未来で会え、未来で会え。未来で会ったら一生懸命に縋着ついていて離れるな。己のような邪魔者の入らないように用心しろ。きっと離れるなよ。先生なんぞ持つな。」(四十六)

「咽喉が苦しい、ああ、呼吸が出来ない。素人らしいが、(と莞爾して、)口移しに薬を飲まして……」
 酒井は猶予らわず、水薬を口に含んだのである。
 がっくりと咽喉を通ると、気が遠くなりそうに、仰向けに恍惚したが、
「早瀬さん。」
「お蔦。」
「早瀬さん……」
「むむ、」
「先、先生が逢っても可いって、嬉しいねえ!」
 酒井は、はらはらと落涙した。(四十七)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 純文学
感想投稿日 : 2021年1月31日
読了日 : 2021年1月31日
本棚登録日 : 2021年1月31日

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