明治天皇を語る (新潮新書)

  • 新潮社 (2003年4月10日発売)
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明治の時代といえば日清・日露の両戦争への勝利、岩倉具視や大隈重信、伊藤博文といった多くの優秀な政治家たちが活躍し、近代日本の礎となった時代であった。その中でも明治天皇の優れた人となりについて歴史の教科書などでもそれ程多く触れられる機会は無い。斯くいう私もその後の昭和の時代の天皇がアジア・太平洋に広がる大規模な戦争で目立ってしまったせいか、明治天皇についての記憶は殆どない。本書ではそうした明治天皇の素顔に膨大な資料を参考に迫っていく。
明治の時代はそれまでの武士が政治権力を握ってきた世の中から、いよいよ近代的な日本に生まれ変わる激動の時代だ。武士が刀を腰に下げていた時代は、江戸の長きにわたる治世の中でも大きく変わる事なく続いた。これに対して決定的な刺激になったのは、明治天皇が産まれて間も無くアメリカからペリーが浦賀に来航した事による。蒸気船に巨大な大砲を乗せた艦隊が人々に与えた恐怖はどれほどのものであったろうか。これ以降、日本はそれまで外国との関わりを殆ど持たずに来た事を反省し、海外留学を積極的に行い、かつ西欧化・近代化に向けて一気に突き進む事になる。天皇即位に際して年号を明治に変え、天皇となった睦仁は積極的に外国の文化を学んでいく。本書で初めて登場する天皇の姿は、女官に囲まれて育てられてきたこともあり、女性の様な容姿に平安貴族を思わせる肌の白いか弱い印象を読者に与える。それから先は徐々に君主としての威厳を備えていく。何より西欧列強の君主が自ら軍事や政治に口を出すのに対して、明治天皇は部下たちを信頼し、重要な判断に際してはしっかりとご自身の考えと意見を述べる事で、部下を不安にさせない堂々とした人物像に変わっていく。あくまで自身は決断者であり、部下たちへの絶大な信頼と結果に対する責任感を備えていなければならない。
そうした天皇の決断や心のうちは詠まれた歌の中にも頻繁に登場する。
人柄として一番感銘を受けるのは、何より視点が国そのものであり、世界から見た日本を意識していた点である。日本が諸外国から劣等国・野蛮な国と見られてしまえば、日本の平和を脅かす存在が現れる可能性もある。だから外国人と会う時も常に相手を尊重し、かつ威厳ある態度を示す事で、外国人たちも立派な君主であるとの印象を受ける。当時の世界一の国力を持つイギリスからキリスト教徒以外に勲章が授けられるというのも、歴史上の例外中の例外だ。もっとも本人は決して望んだものではなかったが。
何より国民の生活や軍隊の兵士と同じ視点で国内を隅々まで見渡し、かつ儒教の影響から国民と同じく節約質素を好む性格であったことが、日本人が慎ましい気質で平和を愛する民族であることを世界に示してくれたのではなかろうか。清国、ロシアに対しても勝った勝ったで喜ぶのではなく、その後の二国間の協力や、負けた相手方の将軍の安否を気遣うなど、人間性に大変優れた方であったのだろう。本書を執筆したドナルド・キーン氏は勿論海外から来た方ではあったが、外国人から見た日本人の良さとは、こうした明治天皇の姿から来ているのだろう。
日本は日本人は今、世界からどの様に見られているだろうか。太平洋戦争を経て天皇は神から人間になったと言われているが、明治の時代にも人間的で優しい天皇の姿、大正を経て昭和、平成、令和といずれの天皇も海外からは称賛される。象徴天皇となる事で、海外から見た日本の標準的な姿として、決して誤った印象を与えないよう、気苦労も計り知れないと思う。昭和の時代には諸外国へ進駐し、日本の評価は地の底まで一旦は落ちた。その後の昭和の時代は、世界にも例の無い劇的な発展を遂げた。昭和天皇崩御のニュースとそれまで毎日ご容態についてテロップが出ていたのを記憶している。平成の時代は私の青春そのものだった。東日本震災に悲しまれる天皇の姿を見て心が痛んだが、頑張らなくてはと強い気持ちになれた。令和の世を私自身が最後まで生きられるかはわからないが、きっとこれまでの治世を続け、国民全員が幸せになれるよう天皇陛下は日々祈り続けている事だろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年8月16日
読了日 : 2023年8月16日
本棚登録日 : 2023年8月5日

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