The Unbearable Lightness of Being

著者 :
  • Faber & Faber
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本棚登録 : 7
感想 : 3
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  • Amazon.co.jp ・洋書 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9780571200832

感想・レビュー・書評

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  • A masterpiece!

  • 冷戦下の中欧~東欧に生きた人の著作には、その特殊な状況下で(生物としても人間としても)生存しようと試みた人々の精神を投影したものであるが故か、強烈な印象を残す作品が多いように思う。
    本書"The Unbearable lightness of being(邦題;存在の耐えられない軽さ)"もそういう作品の一つで、人間存在そのものに対する様々な問い掛けが為されている。
    冒頭でいきなりニーチェの「永劫回帰」の話が始まるあたり、いきなり突っ込んでくるなあという感じ。

    画家Sabinaについてのくだりが最も興味深い。
    彼女の中では、チェコを占領した共産主義者達と、《チェコ亡命者はチェコ亡命者らしく行動すべき》という亡命者仲間はほぼ似たようなものであり、また幸福の概念を押し付けてくるアメリカ人議員についても同様の苛立ちを見せる。
    彼女にとって許せないのは、《当たり前のこと》とでも言うべきもの。ただしそれは常識とか規則とか法律それ自体への嫌悪なのではなく、集団的な圧力とか大衆の空気だとか、そういう何らかの風潮によって無闇に賛美され称賛され正当化されてしまった空気感染的な美的イメージへの嫌悪という感じ。
    そういうものへの嫌悪が、彼女に"My enemy is kitsch, not Communism"と宣言させる。

    彼女の望むものは、概念的な意味での自我の完全なる自由。それは他者から干渉されることのないものである必要があり、自身について何らかのパッケージ化された美的イメージを持ちうる他者との強い結び付きを拒否することでもある。
    ただし、キルケゴール等多くの実存主義者が言うように、自我というのはそもそも自身と関係しようとする他者との関係性を前提としないことには存在し得ない(少なくとも認識されることはないという意味で)。
    ここにおいて、彼女が求めた自由という名の軽さは、存在の耐えられない軽さになる。
    自身の死後には灰を風の中に散らせるよう彼女が望んだことは、存在の耐えられない軽さを求めた人間の最後としてはあまりにもふさわしい。
    ただしそれは、彼女が愚かであるということではなくて(というより本作で最も明晰な人物が彼女だと思うが)、何が彼女を存在の耐えられない軽さにまで走らせ、風に散る灰という末路にまで追いやってしまったのか考察すべきなのだろう。

    上記のようにSabinaのストーリーを終えた後に始まる終章'Karenin's Smile'では《人が幸福になれない理由》として、人間が人間であることをあげている。
    人間と動物(犬)との関係性がストレスの少ない平穏な関係性に終始するのに対して、何故人間対人間の関係性はそうならないのかという話が出てくる。
    前章でSabinaがあらゆる人間的な繋がりを放棄しようとして存在の耐えられない軽さに向かっていったのに対して、では人間的な繋がりそれ自体にどういう可能性が残されているのかを考察したのが、この終章なのだろう。

    冷戦期のチェコを題材としただけに非常に重苦しく憂鬱な描写の多い作品なのだけど、終わり方が甘美すぎて、暗い話という印象はない。

  • 第二章の終わりで挫折した。日本語で読んでも英語で読んでもだめってことは、この本はあわないのかもしれない…

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