木霊草霊

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 11
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000229333

作品紹介・あらすじ

アメリカと日本での生活のなか、さまざまな植物をみつめる。日米の自然観の違い、植物をめぐる文化との関わり、そして生々流転する植物を前に、生命のあり方を柔らかな感性で問う。日米の一年の季節を追い、死と再生の大きなリズムをくみだす、詩人の新たな展開!

感想・レビュー・書評

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  • はじめにカラー写真がいくつか載っているのだが、出てくる植物があまりに多く、全く足りないので、検索しまくりながら読んだ。
    画像と見比べながら読むと、伊藤さんの表現がいかに的確であるか、知っている植物についてはなおのこと、感心する。
    多肉植物の名前は漢字表記がスタンダードで、妖怪みたいな名前が不思議だし、意外に可憐な花を咲かせるものもあれば、ぎょっとするような奇妙な花を咲かせるものもある。タイサンボクの花は「高潔きわまりない」のに、実は「えげつない」。「赤が濃すぎて黒に見える。いや、赤は赤なのだ。邪悪ささえ感じる赤である。それが実から剥き身ではじけたままくっついているので、肉々しい欲望が凝縮した感じである。(p70)」
    熊本に暮らしていたときはあの湿度の高さと日差しの強さがホントに厭で、葛があらゆるところにのたくっているのも植物の底知れぬ生命力を感じて嫌いだったのだが、伊藤さんの文章を読むと、その湿度も日差しもそのまま感じるし不気味な植物の力も如実に思い出すのだが、不思議に魅力を感じるのだ。ああ、熊本にいた頃、もっと自然を観察し、愛すこともできたのにと自分の感性の鈍さを残念に思う。
    『犬心』は動物を飼って、老いと死を見た者は共感せずにはいられないので、伊藤比呂美ファンでなくても心に沁みるが、『犬心』はこの本と対になってるんだなと思った。人間にはどうにもならない生と死(動物、植物)を描いたという点で。『父の生きる』もそうか。じゃあ三点セット。この三作品は本当に傑作。

     p23 犬や人は「老いて死ぬ」が、植物の「死ぬ」は「死なない」で、「死なない」は「生きる」なんだな、それがかれらなりの業なのだなと。
    p66 殺しても殺しても植物は生き返る。この株をここで殺しても、どこかで別の株になって生き返るような気さえするのだ。われわれみたいに、個は個で、死は死で、個が死んだらもうおしまいみたいな、そんな生き方では決してない。
    p110 植物の、名前も性格もわからない存在が不安なら、動物たちは?動物たちとは何もかもわかったつもりでいっしょに暮らしてきたが、ほんとうにそうか。夫なんて、セックスをしたら子ができたっていう一点しかわからなかった。子は育ったら離れていって別の人生を送る、というこの一点だけである。あとは、相手の感じることも考えることも、実はわからない。子犬のときから手の中で育ててべったりと依存され、何もかもわかったつもりの犬だって、痛み苦しみは共有できなかった。共有できないまま、老いて死んでいなくなった。

  • 感じたところを、ここまで言葉にできるのかと思った。命が迫ってくる。生易しいものではない、生きるということ。猛々しく美しく、畏れも感じるほどの命の力が伝わってきて、植物と著者の力に衝撃を受けた。世界の植物、日本の植物、帰化植物まで、長年ひたすら心を寄せてきたからこその、植物との距離感。リズミカルな気取らない文章に人柄がにじむ。その迫力と繊細さは幸田文を思い出す。たしか双方、60歳を過ぎたころに書かれたものを読んだ。心が熟しているから書けるのかもしれない。壮年になってこのような文章を書けたらどれほど素晴らしいだろう。

  • 伊藤比呂美さんのエッセイは好きでよく読む。が、動物系、植物系は、自分自身にあまり興味がないので、ちょっと苦手。頑張って読んだ。
    おまけに、植物名を何度も検索して画像を見た。
    セイバンモロコシ、オオアレチノギク・・・うっとおしい雑草とばかり思っていた馴染みの草たちの名前を覚えた。
    ゼラニウム、ナスタチウム・・・確かにかつてプランターで育てた花なのに、どんな花か思い出せず、調べた。
    6,7年前はもう少しガーデニングとやらに興味をもっていあたんだけどなあ・・・
    もともと何枚か写真も載っている。もっと載せて欲しかった。でも、スマホであまりにも簡単に画像が見られるため、頭の中で思い出したり、想像したりする時間がほとんどなかった。こんなことでいいのだろうか。

    そもそもこんな読み方で良かったのか。


    ”植物の、名前も性格もわからない存在が不安なら、動物たちは? 動物たちとは何もかもわかったつもりでいっしょに暮らしてきたが、ほんとにそうか。夫なんて、セックスをしたら子ができたっていう一点しかわからなかった。子は、育ったら離れて行って別の人生を送る、というこの一点だけである。あとは、相手の感じることも考えることも、実はわからない。” ー 110ページ

  • 死んでいるのに、生きている…植物にも霊性を感じ、文章に落とせる感性に、揺さぶられます。ネットで植物を調べながら読み進めても、植物に詳しくないと、作者のおもいが理解しきれないのが、残念。

  • カリフォルニアと熊本を行ったり来たりしつつ、またその他の場所への旅の中、伊藤さんのほとんどの情熱は植物に向かっていて、植物と向き合う形で、いろんな発見や考察があり、その独特の感性が、とてもスッキリしていて、面白かった。ただ、こちらは植物に詳しくないので、図か写真をもっと挿入してほしかった。

  • 伊藤比呂美は、どこまでもすごい。

  • カリフォルニアで、熊本で、育てたり目にしたりした植物について、同時に、植物に惹かれる自分について、伊藤比呂美さんが綴ったもの。ずいぶん前に出た「ミドリノオバサン」に続くものと言える。

    「ミドリノ~」の頃とは、詩人の身辺は大きく変わっている。その分、沈積した情感が漂っているようにも思うが、ヘンな湿り気がないことに変わりはない。

    植物、と言えば、梨木香歩さんも思い浮かぶ。梨木さんが書くと、たとえそれが熱帯のおびただしく繁茂した植物相であっても、清浄なイメージであるのに対し、伊藤さんの植物は、やはり猛々しく、官能的なのだ。

  • 独特…
    知らずに手にとりましたが
    著者が詩人と聞いて納得。

  • 何を見つめている話だろう、、、

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    『木霊草霊』memoinfo
    https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0229330/top.html

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著者プロフィール

伊藤比呂美
1955年、東京都生まれ。詩人。78年に現代詩手帖賞を受賞してデビュー。80年代の女性詩人ブームをリードし、『良いおっぱい 悪いおっぱい』にはじまる一連のシリーズで「育児エッセイ」という分野を開拓。「女の生」に寄り添い、独自の文学に昇華する創作姿勢が共感を呼び、人生相談の回答者としても長年の支持を得る。米国・カリフォルニアと熊本を往復しながら活動を続け、介護や老い、死を見つめた『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(萩原朔太郎賞、紫式部文学賞受賞)『犬心』『閉経記』『父の生きる』、お経の現代語訳に取り組んだ『読み解き「般若心経」』『たどたどしく声に出して読む歎異抄』を刊行。2018年より熊本に拠点を移す。その他の著書に『切腹考』『たそがれてゆく子さん』『道行きや』などがある。

「2022年 『伊藤ふきげん製作所』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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