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Amazon.co.jp ・本 (266ページ) / ISBN・EAN: 9784000271776
作品紹介・あらすじ
「視ること」は「殺すこと」である――支配し、侵略し、殺害する「上空からの眼差し」としての空爆は、第一次世界大戦や日本空爆、朝鮮空爆などを経て、いかに変容し、遠隔爆撃ドローンや現在の戦争における空爆の眼差しへと至ったのか。ウクライナ侵攻まで一貫してつながる「メディア技術としての戦争」を問い直す。
みんなの感想まとめ
「視ること」は「殺すこと」との視点から、空爆の歴史をメディア技術として捉える本書は、戦争における権力のあり方や人命の無意味化を考察しています。特に東京大空襲をはじめ、第一次世界大戦や朝鮮戦争、さらには...
感想・レビュー・書評
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空爆をメディアとして捉える。それは空からの眼差しが権力として作動し、地上のひとびとの生命の意味を無意味化する。
わかりやすい具体的な例は東京大空襲と、それを指揮したルメイである。この大空襲において、アメリカは精緻な航空写真をもとに的確に都市を燃やし人を殺していく。そのときにおびただしい人々を殺していったという心理的な負担はないのだが、それは死んでいく人々の意味を無意味化するということである。
本書では東京大空襲が紙幅を割いて取り上げられているが、それ以前の空爆の歴史からウクライナへのロシア侵攻まで含めて長きに渡る空爆の歴史を、メディア=眼差し=空爆として捉えて描いていく。
やや二元論的に陥りがちな話になっているし、さほど豊かなアイデアがあるわけではないが、退屈はしない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1945.3.10の東京大空襲はアメリカの用意周到な作戦であり.B29とナパーム弾による無差別攻撃と認識されているがF13写真偵察機で東京の写真を撮り、攻撃目標を事前に決めて、効率的な作戦を立てていたのだ.この成果を朝鮮戦争での平壌(1952.7.11, 8.29)、ベトナム戦争で活用して来たが、過疎地域での空爆の効率性、さらには米兵の消耗で挫折したアメリカは、直接兵士を派遣しない形のドローン作戦を主体とした行動を取ってきている.それを後押ししたのが2001年の貿易センタービル爆破だ.空爆に関して多くの資料をベースにその歴史を克明に描写しているが、非常に重要な多くの視点をあぶり出しているのも凄いと感じた.ロシアのウクライナ侵攻に関して、ロシアのドローンが全て外国製品で構成されていることを指摘し、プーチンの思想の至らなさを喝破しているのも良い.最後に「20世紀のメディアの発達を単に情報伝達機能の問題としてだけ考えるのではなく、私たちの身体の日常的なふるまいから巨大な暴力装置としての国家の作動までを貫く(媒体)の諸技術として把握する必要がある」と述べているが、大いに賛同するものだ.
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https://leaf.kyusan-u.ac.jp/opac/volume/1404657
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