- Amazon.co.jp ・本 (297ページ)
- / ISBN・EAN: 9784001140194
感想・レビュー・書評
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前作よりも好きだった。なんといってもエーミール達のキャラが一人一人濃くてお互いの掛け合いがリズミカルで面白い。みんな物事に対して自分なりに真面目に向き合っている姿が素敵だった。おばあさんがエーミールにイェシュケ警部との関係についてしたアドバイスがすごく大人で深いなぁと思った。風景の描写もとても生き生きとしていて、まるで目の前に広がっているように感じられた。
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「どろぼうを追跡してみごとにつかまえた,少年たちの大活躍から2年.お母さんの再婚という大きな悩みをかかえたエーミールは,ちょうど〈教授〉の誘いもあってふたたびベルリンのおばあさんのもとへ.そこで仲間たちといっしょに巻きこまれることになった今度の事件とは? 「エーミールと探偵たち」の続編.]
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母さんとエーミールの…親子愛のすれ違いの冒頭から既にしんどい…
エッしんど…エッ… -
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『エーミールと探偵たち』続編。
物語の設定では『探偵たち』から2年後だが、『探偵たち』が1929年出版で、『三人のふたご』が1935年出版だから6年後。その間、ケストナーは児童文学作家としての名声を確立し、『点子ちゃんとアントン』(1931年)、『飛ぶ教室』(1933年)などを発表している。
『三人のふたご』ってまずタイトルがすばらしい。え、ふたごが三組なの? 三つ子なの? これ、子供の頃から気になってました。ネタがわかってしまうと、なんだ〜という感じなんだけど、それでもよいタイトル。
『探偵たち』が名作すぎるのでよくできた続編の域はでないのですが、続編だけにキャラクターが確立されていて、男の子たちのなかでは『探偵たち』では教授がいい味出してたんですが、今回はなんといってもグスタフ。ポニーをちょっと気になってる感じもかわいい。
そして今回はおばあさんの名言が満載。海を初めて見たときの「やっとわかったわ、わたしがこんなおばあさんになるまで生きてきたわけが」とかほんとに素敵。
『ふたりのロッテ』が戦争中に書かれ、戦後に出版されたことはわりと知られてますが、『三人のふたご』は戦争が迫りくる1935年出版。解説にもあるように、それなのに暗さが微塵もない明るい物語。そのせいでしょうか、コロナに押しつぶされそうな日常の中で、この少年たちの夏休みの冒険はなんだかとても落ち着いて読めました。
以下、引用。
ぼくは、自分が知らない、知り合いもいない町を散歩するのが好きなのだ。そうすると、なんだか外国に来たような気がする。そして、しんそこひとりぼっちでさみしくなると、急いで家に帰って、リヴィングでとっくりとコーヒーを楽しむ。
まあ、ぼくはそういう人間なのだ。
「てやんでい」と、グスタフ。「がっこはトロトロ行けばいいんだ。おれはビリから二番め。もんくねえよ」
お休み!そのことばは、ダブルのアイスクリームにホイップクリームてんこもり、みたいにひびく。
そして、二年前のときよりずっとはやく、列車はドイツの首都ベルリンに近づいた。
たいてい、そんなものだ。すぐそこまで散歩に行くのも、鉄道で旅するのもおなじこと。二度めは、おなじ距離なのに、一度めよりもうんと短くて感じられる。(距離は、メートルやセンチメートルではかれるものばかりとはかぎらない)
「あたしはどっち?」と、ポニー・ヒュートヒェン。
みんなは、思わず笑ってしまった。もちろん、ポニーは笑わない。むずかしい顔をしている。
「だって、あたしはもう子どもじゃないし、でもまだおとなじゃない。あたしは、なんなんだろう?」
「おばかさんってとこよ」と、おばあさん。「罰として、おとなの車に乗りなさい。そしたら、わかるでしょ、あなたはまだ子どもなんだって」
むかしは、海に行くには、苦労がつきものだった。目的にたどりつくのをむずかしくするものを、見くびってはいけない。それなりに、いいところがある。
「すごいわねえ。わたしは、職業の選択をまちがえた。ライダーになるんだったわ、おばあさんじゃなくて」
おばあさんが言った。
「わたしたち若い娘はね、生まれつき踊れるの」
「おれっちの国語の先生は、引用、嫌いなんだよな」と、グスタフ。「本を写すな、自分で考えろっていうのが、先生の方針なんだ。本の丸写しは、となりのやつの丸写しと同じくらい、よくないことだって」
『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』
「いいから、おれのことはほっといて、これからは不規則動詞の変化を、四部合唱でやんなよ」
「おれたちは生まれつき、生きていくのに必要なものは、もうなんでももってる、まだかくれてはいるけれどって、言っているんだよ。それは、おのずとのびるものなんだ。いつもいつも、だれかがおれたちにちょっかいを出すなんて、とんでもないのさ。指図したり、見張ったり、テストしたりしてね」
「まあね、そうやって、人は年をとっていくんですな。で、ある日、もう年もとらなくなる」
「おれは了解」と、グスタフ。「でも、おれのバイクにも、いちおうきいてみないとな」
「わたしたちが、おたがいに満足だなんて、けっこうなことね」
「それは、わたしのほうがよくわかっているよ。わたしも、むかしはあんなわんぱく坊主だったんだからね」
ポニーは、うそ、と言いたげな目で、顧問官を見た。
顧問官は、わっはっはと笑った。
「うそじゃないよ、ポニー!昔むかしのことだけとね。でも、ほんのきのうのことのような気もする」
「おれが女の子だったら、生きてるのがやんなって、修道院に駆け込むな」
「あたしが男の子だったら」ポニーが言い返した。「いますぐあんたを二、三発、ぶんなぐってやるわ」
「あたし、大きくなったら園芸家になろうかしら」
「どうぞ!」と、おばあさん。「園芸家になったらいいよ!先週は、看護婦になりたいって、言ってたね。先々週は、薬剤師。そうやって、くるくるいろんなものになりたがってなさい。でも、消防士だけは、おばあさんが許しませんよ」
「自分にあった仕事をさがすのは、むつかしいわね。もしもあたしにお金があったら、冒険飛行家になるのにな」
「おまえのおばあさんはね、もしも車輪があったら、バスになるよ。」
「ヨハンナ、退場」ポニーは、なにかのまねをした。「そして、二度と登場しない」
「はっきり言わなくちゃならないんだよったら、ならないんだよ!だれかが口にしたがらなかったら、だれかが大げさに言わなければならないの」
「犠牲をささげる者は、犠牲の子羊みたいな顔しちゃいけないの。」
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★4.0
「エーミールと探偵たち」の2年後を描いた続編。"しろうと"と"くろうと"で分けられた前書き、前作から続く"取り出したるは十枚の絵"と、初っ端から遊び心が満載。そして、少し成長したエーミール、教授、グスタフ、ディーンスタークたちが繰り広げる冒険が、やっぱり面白くて堪らない。が、そんな中でも、他者のために行動を起こすこと、他者の幸せのための自己犠牲が描かれる。しかもそれを、押し付けがましくなく、自然と受け入れられる展開にするのが、さすがケストナー!といったところ。映画との絡ませ方も、絶妙ったら絶妙。 -
実に素敵な物語です。子どもの頃に出逢っておきたかった。そう思わされます。少年たちの友情と冒険をたっぷりのユーモアをもって描かれています。そして出てくる大人たちが素敵なんです。子どもたちを信頼し少し離れたところから温かく見守り、必要な時には必要な分だけ助言を与える。特にエーミールのおばあさんが粋で素敵です。そんな大人たちに囲まれて、少年たちは大人になります。
前書きに作者自身が登場して登場人物と会話したり、実際に行なわれた前作の映画化を作品に取り入れるなどメタな構造も面白いです。こうすれば面白くなるという要素を惜しげもなく放り込んだ感じでしょうか。 -
もっと幼いころにケストナーに出会えていたら、
私の歩き方も違っていただろうか。
なんで出会えなかったんだろうと思うと悔しい。 -
またエーミールたちに会えるなんて!!
お母さんの再婚のことは予想外の結果だった
ほんとに、ケストナーさんの児童書はすばらしいと思う