文明の渚 (岩波ブックレット)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (64ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002708645

作品紹介・あらすじ

あの東日本大震災で、私たちが学んだことは何だったのでしょうか?ここ数十年の文明の発達があまりに急速であったから、つい自分たちは無敵だと考えて、やりたい放題やってきた。でもそうではないのです。それがよくわかった。私たちは反省し、諦め、覚悟した上で、なおさりげなく、日常を送らなければならないのです。-2年間、被災地を歩き続け、被災者とともに泣き、怒った作家の、メッセージ。

感想・レビュー・書評

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  • カテゴリ 「読書(ノンフィクション12~) (70)」

    「文明の渚」とはなんだろうか。
    魚が陸に上がって人間になって行く一歩を記したように、我々も人間としてさらに一歩を記さないといけない。

    そういうことをおそらく池澤夏樹さんは言っている。

    「これからは農村文明が可能なのではないか。田舎でバラバラに暮らしながら、ツイッターで結ばれている。郵便物や宅配は来る。そして広いところに点在している家だから、自分のところの風車とソーラーだけでまかなえる。周囲から薪をとってくることもできる。そういう拡散型の社会を作ることができないのか。(略)手にしたものを捨てられるかといえば、それが一番むつかしくて、原子力もその一つですが、例がないわけではない。日本人は江戸時代に鉄砲を捨てました。アメリカがいまだにできないことを、あの時代にやってしまったのです。それから最近の例で言えば、フロンガスも手放しました。これも便利なものでしたが、そのまま使い続けていれば紫外線が増えて皮膚がんなどが増加するという怖いものでした。代替品を開発していって、一切つくられなくなっています。さあ、核はどうでしょうか。この電気漬けの生活は捨てられるか」(60-61p)

    この小さなブックレットは池澤夏樹さんが2012年8月26日に長野県須坂市で行われた「信州岩波講座」の講演と質疑応答である。質疑応答の話の中で「今回専門家は信用できないということが明らかになった。僕たちが考える際に手元にデータがないときがある。そういう時にまずできることは、勉強することですが、(略)考えて議論して勉強してというのは、容易ではない。しかし、そういうところに来てしまっている。」と言っている。噛み砕いた本として岩波ブックレットを推薦している(^_^;)。確かに「考える」叩き台としてはいいかもしれない。

    文学者と科学者の両方の眼を持っている池澤夏樹さんは
    「原子力は原理的に人間の手に負えないのでやめたほうがいいと思っています。長年にわたって事故がないように原子力を運転していく能力は、人間にはない」という。(26p)
    何故か。
    一つは「お金になるから。(略)安全ではないという人たちを追い出して、閉じた社会をつくった。閉じた社会というのは、必ず腐るのです」(28p)
    一つは「原子力はもともと爆弾です。それで発電するというのは、ダイナマイトでご飯を炊くようなものです。(略)いくつブレーキを並べたところで、壊れる時は壊れます。」(32p)
    一つは「よく人間は道具を使う動物であると言います。しかし、簡単な道具ならばチンパンジーも使うし、上から水面にゴミを落として、餌だと思って上がってくる魚を捕まえる鳥もいます。「道具を使う」というだけでは人間を定義することはできない。あえて定義するのであれば、「道具がなければ生きていけない」存在が人間です。文明がなければ生きていけないのが人間です。自分が作った環境に依存してしまっている。しかし、文明の力には明らかに限界がある。この数十年の文明の発達があまりに急速であったから、つい自分たちは無敵だと考えて、やりたい放題やってきた。しかし、そうではないのです。多分、そういうことを我々は考えて、反省して、あるいは諦めて、覚悟した上で、平静な顔で、さりげなく、普通の日々を送らなければいけない。これは、誰をも安心させないメッセージです。しかし、本来生きていくというのはそういうことなのだと思います。」(37p)

    短い文章の中に、実はたいへん厳しいことが書かれていた、そういう「考えるヒント」でした。
    2013年4月9日読了

  • 東日本大震災から1年5か月後に行われた講演会の記録。被災地を何度も訪れた池澤夏樹の言葉には重みがあるけれど、それ以上に心に残ったのは最後のメッセージ。

    「よく見て、新聞を読んで、本を読んで、考えて、悩んで、迷ってください。ぼくはいろいろ言ったけれど、それは全部嘘かもしれない。まことしやかに言っただけで。ある意見を聴いて、ああそうか、と思ったら別の意見を聴いて、いろいろな意見を自分の頭の中でぶつけてみてください。それが多分、それぞれの考える力を磨くことだから」

    肝に銘じます。

  • 桃山学院大学附属図書館蔵書検索OPACへ↓
    https://indus.andrew.ac.jp/opac/volume/786708

  • ☆文学で語る

  • い図。2017/8/22
    ◆引用
    ・p32…日本から一番遠い都市として、アルゼンチンのブエノスアイレスに行くと考えてみましょう。あそこまでは16,000kmあります。今の大きな旅客機ならば一度に飛べる距離です。その時に飛行機に積み込む燃料が160トン。もし同じ熱量を原子力で賄うことができるとしたら、消費する燃料は10グラムちょっとです。それが7桁の違いということです。「だから原子力はすばらしい」と彼らは言う。しかしぼくは、「だから原子力はおそろしい」と言います。

  • テクノファシズムは破壊や格差の助長を許す。
    テクノポピュリズムでは問題は解決できない。
    社会がマイノリティのもではないことに加え、
    マジョリティそのものでも正義とはならない。
    われわれが立つ、この瀬戸際で問われるもの。
    それは未来への過去と現在を集約できるもの。
    つまり「明白」なビジョンではないだろうか。
    理屈や理論が先にあっても原発は片付かない。
    パラダイムの転換とともに文明の紡ぎ直しへ。
    過去の被爆と3.11との関連性と歴史の解釈を、
    いまこそこの渚で、われわれ自身で行うこと。
    それがマニフェスト(明白)に、未来になる。

  • 311以前から、池澤夏樹の原発に対するスタンスは一貫している。
    文化人としてはっきり脱原発を表明していることに意義があるだろう。
    エコエコロハスな議論にならない脱原発論の多い中一読に値する。

  • 2013.4.14読了。春を恨んだりはしないと、ほとんど同じかな。講演をまとめたもの。でもよかった。

  • ・作家池澤夏樹が3.11以後の日本について語った講演録。

    ・日本の国土は、豊かな自然に恵まれているが、その代償として古来より地震や津波、火山の噴火などの天災とも付き合っていかざるを得なかった。数多の災害を経ていくうちに、日本人にある自然観が宿った。自分の力ではどうしようもないことを悟って、きっと次に良いことがあるのだから、なかったことにして忘れよう。いわば「諦める」という思想。地震や津波が来ることは仕方がない。いずれ来ると覚悟して準備するしかない。

    ・しかし、「諦める」という思想が悪い方に出てしまうと、「原発事故も仕方がない」となってしまう。両者は明確に区別しなければならない。

    ・原発従事者の日米比較は示唆的。アメリカでは、移民などの差別されている人が危険な原発で働いているのに対して、日本では、下請け制度によって非正規労働者が原発で働いている。つまり、日本では、貧困構造が差別の代替物となっているのだ。

    ・原発事故によって放射能だけが拡散したわけではない。これまで巧妙に隠されていた多くの問題も一気に拡散したのだ。危機は認識のチャンスでもある。これを機にもっともっと勉強していかなければならない。

  • 「これまでと同じようには、生きられない」その通りだと思います。。。

    岩波書店のPR
    「東日本大震災と原発災害から2年。この間、私たちは何をしてきたのでしょうか。そして、何がわかったのでしょうか。ボランティアとして、また取材者として被災地を歩き、被災者とともに、涙し、悩み、考えてきた作家が、この大災害の意味と原発を生んだ文明について、根底から問い直します。信州岩波講座での講演の記録。」
    http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/2708640/top.html

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著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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