検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? (岩波ブックレット 1080)

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  • Amazon.co.jp ・本 (120ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002710808

感想・レビュー・書評

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  • 知らなかったが、2021年2月に、ヒトラーの大ファンと言う女子高生の小論文が称賛されるようなツイートがあり、ちょっとした騒ぎとなったようだ。
    折しもトランプ元大統領が、在任中にヒトラーは良いことをたくさんしたと報じられたり、欧州ではヒトラーの行動に賛同を示す極右が台頭もしてきている。更に我が国の、何かにつけてとんちんかんな発言をする、あ◯う副首相の「ナチス政権を手口を見習う」問題があったり、否が応でも興味をひく主題だ。

    このような背景には何があるのか、専門家の立場で、所謂「良いこと」とされる政策一つひとつに対して検証を加えて、結論を導く。
    当然と言えば当然かも知れないが、真に個人の幸福を求めるものではなく、プロパガンダに満ちた政策には少しの肯定感もない。
    その時代背景や具体的な数値を元に、「良いこと」とは、ナチスが扇動しただけのことだったと言う主張が理解出来たし、改めて時の為政者に絶大な権力がある時の恐ろしさを感じるところとなった。
    ただ検証の根拠の一つに、政策の独自性があげられていたが、別にそれが二番煎じであろうと、良い悪しを判断する根拠には乏しいと感じた。(無論ヒトラーを肯定する気持ちなど露ほどもないが)

    「おわりに」にもあるが、著者も反駁は想定しており、以下の言葉を留めている。
    「歴史知識」と「歴史意識」は分けて考える必要があるという。
    学校や大学、マスメディアなどを通じて伝達される前者に対し、後者は「過去に対する感情的イメージ」であり、それこそが「学んだ歴史知識をどのように解釈し、利用するか」を決定するのだという。「過去」について「自由」に発言したい、そして自分たちこそ「真実」を知っている。そういう感情が先にあるために、教育やメディア、研究などによって正確な知識が伝えられれば伝えられるほど、ますます反発を強めて「逃げ道」を探すようになると言う。
    また、「売らんかな」で出版されるセンセーショナルな書籍では、人目を引く主張が行われているが、ナチスの戦争目的や人種主義、嘘や不正と切り離した「先進性」の評価はあまりに一面的で、とうてい学術的検証に堪えるものではない。
    彼らの政策は全て、ナチ体制が来るべき侵略戦争のために軍備拡張を優先した結果だった。

  • 昨今のSNSで定期的に話題となる「ナチスは良いこともした」という言説に対して、丹念にナチスを巡る歴史学の研究を追いつつ、実証的な検証をまとめた1冊。非常に薄い岩波ブックレットの一冊ということもありページ数こそ少ないものの、シンプルながら非常に理路整然と著者の主張がわかる1冊となっている。

    本書ではよく耳にするようなナチスによるドイツの急速な経済回復、子育て支援などの育児政策、環境保護政策など、いわゆるネトウヨ的な人種がSNSでつぶやく種々の「ナチスは良いこともした」という主張1つ1つに対して、最新の歴史学の研究を踏まえて実証的な見解を示す。主張によってはある局面だけを取り上げれば良いことをしたと言える側面が多少あったとしても、政策の影響をトータルで良かったと言える類のものではない、というのが本書での結論である。

    こうした実証を通じて、物事の価値というのは一側面から見るのでは決してわからず、多様な観点から見て初めてクリアになるものである、という当たり前の認識論を痛感させられる点で、一側面(と言えない場合すらあるが)から見ただけでそれが全てであるかのように語るSNS時代の言論やニュースを冷静に見ることの大切さを教えてくれる。

  • ナチスは良いこともしたのか?著者の意見は著者自身の「三十年くらいナチスを研究してるけどナチスの政策で肯定できるとこないっすよ」というツイートに集約されているといってよいだろう。この本の中でも、よく言われるナチスがやった「良い政策」が本当はどんな物だったかをあらわにしていく。
    ただ「良いこと」とはなんなのかという価値の問題は簡単に測れないのも事実だと思う。ある政策が実際は他の国でも行われていてナチスのオリジナルではない、というのは良い悪いには関係ないように思えるし、戦況が悪化して最初に言っていた政策が実行されなかったというのはどう評価すべきか、とも思う。
    ナチスが作ろうとしたアーリア人のドイツに含まれる人にとっては受け入れられる政策であったのだろう。異民族を暴力的に排除する歪んだ社会を希求したのは、第一次世界大戦が共産主義とユダヤ人によって背後から刺されたため悲惨な敗戦に終わったという歪んだ認識がヒトラーはもちろんドイツ人の中にもあったことが背景にはあったのではないだろうか。そのドイツ人達にとっては古き良きドイツを取り戻すナチスは全体としてはよい方向にこの国を向かわせている、と感じたのではないか。それがたとえユダヤ人の廃絶という絶対悪的な政策であったとしても。(もちろん公平な目で見ればこれは明らかに「悪い」ことなのだけど)
    政策が結果として実を結んだのかという視点での「良いこと」とその時の国民の要求に合っている「良いこと」というのは違う物だろう。そういう意味ではなかなか簡単に「良い悪い」で言い切ることができないことが多いと思う。

    読みやすさは評価したい。

  • 小さな政党からのし上がっていくところや、前任からの引き継ぎでやった政策をいかにも自分たちのオリジナルでやったよう言うとか、成果もたいしたことがないのに、詭弁で成果があるように見せかけたりだとか、ほんま「維新」にそっくり。いやいやいや、維新がナチスにそっくりか。いまもとんでもないことを大阪で繰り広げてるけど、後年にどんな評価されるんやろうと思うわ。で、このブクレットは多くの人が読むべき。ナチスには三分の理もない。

  • 面白い。文章も理路整然としていて読みやすい。
    全体を通して、数あるナチスの政策は、民族共同体という構築と戦争をするための国づくりが前提だった、というところに終始されていたと思う。価値あるドイツ民族/不要なユダヤ人や障害者と分断させ、後者は容赦なく切り捨てる有様に身震いした。「良いこと」とされている政策も、そういった切り捨てられた存在の犠牲によって成り立っていた(結局満足した成果は上がらなかったが)という話がおぞましい。一見革新的に見える政策も、プロパガンダ的なアピールばかりで実態を用していないあたり、現代日本政治を考える上でも必要な見識だと思った。
    歴史を学ぶということについて、冒頭に述べられているのが史学科出身としては参考になり、高校生ぐらいの学生にも読んでほしい本だなって思った。

  • 育休、アウトバーン、環境保護… ナチスを絶対悪とする論調に反発するように取り沙汰される各種政策を批判的に検証。先進的に見える施策も数々の犠牲と差別の上に成り立っていた事が分かります。ブックレットながら非常に読み応えある好著。おすすめです。

  • 6万部を突破するベストセラーになり、「紀伊國屋じんぶん大賞2024」で1位にも輝いた話題の書である。

    岩波ブックレットだから分量は少ないが(120ページ程度)、中身は濃い。

    ネットにはびこる「ナチスは良いこともした」という言説を、歴史学者の視点から分野別に一つひとつ検証し、理路整然と論破していく内容である。

    また、序盤では「ナチズムとは何か」「ヒトラーはいかにして権力を握ったのか」といった「基本のき」からの解説もなされているので、ナチス入門としても役立つ。

  • 世の中に、「ナチスってボコられてるけど、ええこともやったんちゃう?」という論があるらしくって、それに、アホかという主張。

    具体的に主にネットで「良いこと」と挙げられている政策を挙げ、「オリジナル性」「目的」「結果」の観点からボコる。

    まあそうなんだろうな、と思う。
    ただところどころ、なんだかなあ、と思うところはあって、「良い」というのを道徳的に「良い」と言ってるけど、そうではなくて、政党として当時の政策としての判断だと思うし。
    浅学を批判するのはいいが、「反ポリコレ」と決めつけてレッテル貼ってるのもどうかと思うし、大体、ポリコレではないと思うし。
    なんで、相手の立場を勝手に推定して論ずるのかなあ。

    じゃあ仮に、ナチスが、「ホロコースト」やってなかったらどう評価するか。
    全てが戦争に向けての施策だって、そりゃそうだろうとしか思わない。
    オリジナルではなく、それを思い切った規模でやっただけというが、量は質に転換すると思うし。

    一番頷いたのは、「事実」と意見の間に「解釈」があるという論。
    これまでの色んな研究の文脈を無視して、一次資料からいきなり「意見」に飛ぶと専門家でも間違う。

    割と好きだった先生が、最近ネットで色々変なこと言ってて、なんだかなあと思ってたので、全力で頷いた。

  • そうですよねという結論に落ち着いて安心したけど。
    専門家が「いちいち火消しするほどのものではないだろう」と沈黙していると、偽書や江戸しぐさや似非科学や最近では土偶の“新”解釈のような、専門家ではない人による言説がネットで一気に拡散して賛同者を得てしまうから、怖いな。
    中二病的な歴史修正主義者が次々わいてくるのを見るにつけ、日本人の知性が低下してきているのかなぁと心配になる。

  • SNSでは度々、ナチスは良いこともしたという言説を垂れ流す輩が現れる。その度に専門家たちが反論している。
    この流れはもう何度やるんだってくらい繰り返されており、正直こちらもまたかという気持ちでいる。
    その最終回答として、ドイツの現代史を専門とする小野寺拓也さんと田野大輔さんのお二人が、ドイツは良いことをした言説の悉くを喝破していく。

    本書はナチス関係の入門書としては機能しないので、まず始めに新書なんかである程度知っておいてから読んだほうが理解が進むと思う。
    浅はかな言説にはとらわれずに勉強することの大事さも教えてくれた。

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著者プロフィール

1975年生まれ。東京外国語大学世界言語社会教育センター特任講師。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はドイツ現代史。『野戦郵便から読み解く「ふつうのドイツ兵」―第二次世界大戦末期におけるイデオロギーと「主体性」』(山川出版社、2012年)、ほか。

「2019年 『ナチズムは再来するのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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