別れたる妻に送る手紙 他二篇 (岩波文庫 緑 29-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003102923

感想・レビュー・書評

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  • 本書はたまたま古書店で購入した。数年前かに何かの雑誌で紹介されていたが、たしかその際は、講談社文芸文庫版であったと思う。なお講談社版も後で見つけてぱらぱらとめくってみたが伏字の箇所はやはり伏字だったように思った。
    私はとても面白く読んだ。けれど、良さが分からないという読者もいることと思う。題名のとおり、出て行って行方の分からない妻に対して一応の書簡形式で自分のことを報告しているのだけれど、自分がどれだけみじめで寂しい思いをしているかとか、何かにつけお前を思い出すとか、そうかと思えば、今自分が入れあげている遊女のことを詳しく書いている。率直に言ってしまって、何かこう男の情けなさをそのまま表現しているような小説集だったというのが正直な感想である。
    作家宇野浩二の解説がまた面白く、「ここが良くない」というのもそのままあけすけに語っているが、確かに、表題作より『疑惑』が優れていると私も感じたし、宇野浩二も指摘しているように、ところどころの風景描写や、その他の表現もきれいで美しい印象を受ける箇所が多くあったと思う。書いてある内容の方向性は、高尚なものとは言えないのかもしれないが、著者の表現力が優れていて、文章そのものはかなり好みだった。ある意味、このような内容でここまで読ませるのは逆説的に著者の技量を証明しているのではないかとさえ感じる(こう言っては失礼かもしれないし的を射ていないかもしれないが、なぜかどこか森見登美彦さんを思い出した)。
    そのように変に癖になるような文体ではあったが、『疑惑』のように、別れた妻のことをあれこれと、数年が経ってもなおそれに執着している様子だけであれば、まだ、どこか心情的に分からなくもない。けれど、これも宇野浩二の指摘のとおり、『手紙』の方ではほとんどすぐにまた別の女の話を延々とするのは、確かに男とはそういうものかもしれないが、それでもどうなのだろう…と思ってしまった。『手紙』の後に『疑惑』を読むと、後者で語られる妻への執着は、『疑惑』の中では一貫しているが、時系列的にはいったん『手紙』のように別の女へ向かっているので、その点も、どう考えていいのかと思ってしまった。
    しかしそこで変に取り繕わずに、ありのままのように表現しているのが、かえって著者の魅力ととらえるのが良いのかもしれない。ただ率直に言って、『青草』では、もはや単に遊女へいかに入れあげているかの物語であるようにも思えてしまった。描写が語り口が魅力的であるのに、内容の方向性で「損をして」(解説)いる作家であるのかもしれないと思った。

  • 8/28

  • 通り越してもはや馬鹿馬鹿しい私小説

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著者プロフィール

(ちかまつ・しゅうこう)1876~1944
岡山県生まれ。本名は徳田浩司。初め徳田秋江を名乗ったが、敬愛する近松門左衛門にちなんで改めた。東京専門学校(現在の早稲田大学)在学中に「読売新聞」の文学合評に加わり文筆活動を開始。卒業後は博文館、東京専門学校出版部、「中央公論」に勤務するも、短期間にとどまる。小説家としては『黒髪』の連作や『別れたる妻に送る手紙』などの「情痴小説」の書き手として知られる。また大正末期には『子の愛の為に』をはじめとする「子の愛物」を執筆。昭和に入ってからは『水野越前守』などの歴史小説も執筆した。随筆、紀行文も数多く手がけている。

「2022年 『小説集 徳川家康』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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