- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003127124
感想・レビュー・書評
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浅学な私にとっての「泉鏡花」といえば「怪奇趣味とロマンティシズム」というように教科書的には習ったものだが、果たして読んでみた率直な所としては怪奇やロマン云々よりも’ことごとく女の人が大変な目に遭っているなあ’という所に尽きる。
収録の全7編、どれもこれも登場する美女がこれでもかと酷い目に遭っている。川村二郎先生の解説の言を借りれば、「嗜虐的な趣向」(p268)、「美女受難」(p277)の物語に終始する初期作品集であろうと思われる。おそらくここで大事なのは’美女’がえらい目に遭うという点であり、まだ調べてはいないが多分何らかのコンプレックスやわだかまりを女性に抱いていたのではなかろうか。
少し前に読んだ、同時代に活躍した田山花袋(新潮文庫9784101079011)よりも正直なところ読み難さはあった。
以下、各話感想。
〈義血俠血〉…前半は馬車と人力車のカーチェイスにワクワクすっぞ。打って変わって後半は美女〈滝の白糸〉さんが『俠』を貫いた為に裁判の場にまで引き立てられる超展開に。めちゃくちゃだけど体温がちょっと上がるエンタメ風味。
〈夜行巡査〉…もはや意味不明レベルの発言を繰り返すくそじじいに腹が立つ。〈八田巡査〉も融通が利かないくそ堅物だが何も死ぬ事はないのにね。
〈外科室〉…表題作のひとつ。上章はわかる。あぁ、過去に〈高峰医師〉と〈貴船夫人〉の間に何らかの邂逅・ロマンスがあったのだろうとは察せられる。
が、読んでも読んでも下章の会話のどこからどれが誰の発言なのか分かりにくくて(特にp128、129の部分)、そもそもどうしてここで商人体の壮者ふたりをぽっと登場させたのか。極め付けは高峰と夫人はただ’見かけた’くらいの接点しか書かれておらず、出逢いから手術に至るまでにどういった事があったのかは全て読み手の想像に委ねられる。大胆。
〈琵琶伝〉…意に沿わず、好きでもないどころか「忌嫌ひ候」(p134)という相手の元に嫁いだ〈お通〉と、その忌み嫌われている軍人の旦那〈近藤〉と、お通の真の想い人〈謙三郎〉とのバイオレンスで不健全な三角関係の物語。終盤のお通の行動にただただ唖然。ラスト1行、リフレインの余韻がたまらない。
〈海城発電〉…とかく酷い目に逢いがちな本書中の女性陣の中でも、特に哀れなのがこの〈李花〉。〈看護員〉の男は赤十字社員としての職務は全うしたかもしれないが、彼女に対する彼のラストの振る舞いには失望しかない。蹂躙される彼女を前に「諸君」(p190)と呼び掛けた際に、彼は何と続けようとしたのか。
〈化銀杏〉…結構好き。本作品中に登場する女性陣の内で唯一、明確な死亡ではない幕引きを迎える〈お貞〉による、お貞の物語。最終的に狂ってはしまうのだが。明治の世にありながらもこんな風な思想に到達し得た鏡花の独特な精神性がうかがえる。p228からp230までのお貞の長台詞は現代の妻達にもきっと共感を得られるのではなかろうか。たぶん。
〈凱旋祭〉…戦時における狂乱を描いたと思う作品。余りにも露骨に対清戦争の勝利に浮かれる群衆と、それを一歩引いた場所からつぶさに冷静に見つめる視点(鏡花ないしは読者)。色彩描写が豊かで、「紫の幕、紅の旗、空の色の青く晴れたる、草木の色の緑なる」(p256)や「黄なる、紫なる、紅なる、いろいろの旗」(p260)や「青く塗りて、血の色染めて、黒き蕨縄着けたる提灯」(p264)など、とにかくどぎつい程にガチャガチャとカラフル。まるで、取り留めのない群衆のカオスを表現しているかのよう。
もっと作品に触れつつ、鏡花のパーソナルな面も知っていけばより一層理解が進むかもしれない。
本書を一周読み終えて改めて、彼は女性に対して何らかの思想を抱いていたのだろう。
なおかつ、短編集でありながらどの話もアクが強く、少なくとも人にあらすじを言えるくらい鮮烈に印象に残ったというのは、まさに本作が’キラーアルバム’たり得る凄味を纏っているからだと思う。
30刷
2023.9.2詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
既読作も含まれるが「海城発電」が気になったので購入した
初期作品集。
明治の硬い文体だが、もう慣れたので気にならない(笑)
川村二郎の解説によれば、
いくつかの作品には日清戦争が影を落としているが、
鏡花の本意が反戦を訴えることではなく、
ただ無惨に斃れ、理不尽な目に遭わされる一個人の悲劇を
ドラマティックに描いているに過ぎないのだが、
それにしても当局のお咎めを受けずに雑誌掲載されていたところが、
後の太平洋戦争時下、作家が困難を強いられたのに比べれば
世の中の空気は数段マシだったと言えるのではないか、とのこと。
それにしても「外科室」の言葉少なに迸る熱情は異常……
なのだが、以前読んだときよりジーンと胸に沁みるようになったなぁ。 -
明治27年から30年に書かれた7編。若々しく激しさを感じる作品が多い。
『海城発電』『凱旋祭』は日清戦争を背景に、いわゆる愛国心というものを冷ややかに見つめる。
また『化銀杏』にみられる女性の地位の低さや弱き者への世間の圧力。
これらがかえって現代的で、驚きと複雑な思いとでいっぱいになった。
『義血侠血』の馬車と人力車の競走、美人客を乗せて馬を走らせる場面が大好き。何度読んでもかっこいい。
『琵琶伝』は初めて読んだがほぼホラー。でも好きな作品のひとつになった。「ツウチャン」の呼び声が切なく耳に残る。 -
ある医者の下で手術を受けることになった女性の話なのだが、彼女はある理由により手術の麻酔を拒否する。
なんとも不思議な題材だが、そこに泉鏡花の妖艶でどこか非現実的な世界観が加わり、読み手をじわりと確実に引き込んでゆく。
初めて泉鏡花の作品を読んだのが外科室だったが、本当に衝撃的だったのを覚えている。
こんなにも日本語というのは美しい言語なのかと。
泉鏡花の小説を母国語で理解できるというだけで、日本人に生まれてよかったと思った。
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明治時代には、乃木夫婦が死を選んだように、死を美学として捉えていたのだろう。
人を愛し続けることは、時として儚く、醜い。
死で、それを包むことで、永遠の美しさに変えてしまう。 -
愛の瞬間、悲哀の頂点。近代というよりはもっと古い読み物にも似て、ときにハラハラ、ときにグサリと胸を突き動かす。鏡花の作品は、岩波ではこれで四冊目となるのだが、解説にもあるように、なるほどかれの源流のようなものを感じる。深いところにある女性への『尊敬』のようなものーー。確かに、後の作品と比べるといくらか芝居がかっている気もするが、若い筆の作品はよく響いて止まない。
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「いいえ、あなただから、あなただから。」
『外科室』が読みたくて先にこれだけ読んだ。ん~~~ッ善い!
泉鏡花は初めてで、明治の文体につっかえながらだったけどなんとか読み切った。
現代とは異なり爵位制度が存在していて、身分違いの恋が許されなかった時代。言葉すら交わすことはなかったが密かに恋に落ちた学生と少女が歳月を経て、医者と手術を控える貴婦人として再会する。
貴婦人は夫と子供のある身で、心に抱える「秘密」をうわごとで漏らしてしまうことを恐れ、麻酔の使用を拒否し、「麻酔なしで手術を」と切々と訴える。・・・・
句読点での台詞の区切り方が好き。1つ1つは決して長くない台詞だけど、区切り方が良いからおのおのの切々とした思いが伝わってくる。
「秘密」の美しさを「麻酔なしでの手術」という常軌を逸した状況、熟成された時間、抗えない社会構造、一言も会話をしたことがないという一種の盲目的な純情さが装飾している。すごい作品だ。 -
文体が昔のまんまなので私にはかなり読みにくし難しかったですが、だからこそ当時の雰囲気が伝わってきて面白い部分もありました。
外科室が読みたくて読みましたが、個人的には「義血俠血」「夜行巡査」「海城発電」が好きでした。
何か不思議な違和感を感じながら読んでたんですが、最後に解説読んで そこだ!!ってしっくりしました笑 -
定期的に読み返す一冊。泉鏡花はいつも鶯屋敷に踏み入れたような心地がする。