言論・出版の自由 他一篇: アレオパジティカ (岩波文庫 赤 206-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (195ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003220610

作品紹介・あらすじ

『失楽園』で知られる英国の詩人ミルトン(1608‐1674)は、王制から共和制、そして再び王制へとめまぐるしく移り変わる激動の時代に生きた。厳しい現実政治の中で少数派として否の声を上げ、自由のために戦い続けた詩人の魂の叫びとも言うべき『言論・出版の自由』および『自由共和国建設論』の2篇を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 失楽園で有名なミルトンさんの本。言論の自由、出版の自由を侵してはならないということが、よくわかる本。現在でも十分通じる考え方だと思う。当時は、大変な逆風の中での発言だったとのこと。それでも地球は回っているで有名なガリレオさんも投獄されていたような時代だったゆえ。

  •  書物は死んだものではなく内に生命力をもち、生みだした著者の魂と同様に生きております。それどころか書物は育ててくれた命ある知性の最も純粋な効験ある精髄を、薬ビンに保存しているものであります。書物は伝説の龍の歯のようにさかんな命をもち、蒔けば武人となって現れることが知られています。(pp.12-13)

     生活と教理の両方を最も腐敗させると思われる書物、しかもおびただしい数のこれらを禁止すれば、学問と論議するすべての能力が必ずや低下します。これらの書物はどんな種類のものでも学問ある人に最も多くはやく感染し、彼らが一般の人に異端あるいは自堕落なものを伝えます。(p.33)

     われわれが正しいと確信し、堂々と真理を保持するなら、また自分の教えを貧弱で取るに足りないと卑下せず、また民衆を無教育、無信心な有象無象と非難したりしないなら、自分の考えは何か、現在の考えはなぜ正しくないかを、世に向かって堂々と公表する以上に、公明正大なことがありましょうか。(pp.59-60)

     学ぶ意欲があるところには、必ず多くの討議と多くの書かれたものと、多くの意見があります。なぜなら良き人の考えは形成途上の知識であります。宗派と異端に対する妄想から来る恐怖のもとにあっては、この都市がつくりだす知識と理解への真摯な熱望に正しく対処できません。(p.66)

     真理には場だけ与えよ。眠っている真理を縛るようなことをしてはなりません。捕らえられ縛られると、神託を語った老プロテウスとは違って、真理は真実を語らなくなります。むしろ本体以外のあらゆる姿をとり、ミカヤがアハブの前でしたように、自分の姿に戻れるまでは声もその時々に合わせます。真理は複数の姿をとります。(p.74)

    (解説)彼の本質は自分の自由と同じだけ相手の自由を認める立場である。考えの違いは批判するが、相手を分派や異端として黒鍵で排除してはならないとする肝要である。当たり前に思えるかもしれないが、当時にあっては重大な意味を有していた。寛容は心がけや道徳で済む個人の内面的問題ではない。相手を分派や異端とし、背教者・国法犯罪者として処罰する協会と国家の二者一体の非寛容強制支配に対するプロテストである。(p.172)

  • 参考文献

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    書斎の本棚から百冊(立花隆選)67
    政治学・法学
    言論の自由の本当の意味。

  • ミルトンの「知」への戦いの声!凄まじいです。

    彼らの戦いが積み重なって、現代の(こと先進国の)民主主義が実現していると思うと、ものすごく恵まれていると思うし、それに自分もまた戦わなきゃいけんと思いますね。

    何かを禁ずることは、裏を返せばそれ以外の全てを認めることであって、法律の目的と手段の整合性というのは常にチェックされなければいけないね。なんだか経済学でいうピグー税を思い出す。
    学問の土台はやっぱ哲学だな、と感じました。

    それともうひとつ、
    彼の主張する「自由」を今日に当てはめるとどうだろう?

    「自由はすべての偉大な知識の乳母であります」p.70~71

    空間的制約からの自由も、同様に知識の乳母といえるか。どうだろう。
    僕らの「自由」はいま公的権力というよりも、言説(ディスクール)における象徴権力に支配(ないし規定)されている。それは必ずしもマスメディアや政府だけじゃなくて、SNSにおいて大いに広められている。
    結局、そういう不可視の権力から自由になれるか否かはほとんど個別の問題になってくると思うんだよね。

    というわけで、今日において「良心に従って論ずる自由」(p.72)を担保するのは、論に対する責任(たとえば署名とか)であって、逆に読み手からすればそういう責任等を信用の判断材料にして慎重に情報に接し、社会を描かないといけないね。それが自由への道だと思います。おっとサルトル!

    それにしても、こんな内容を本当に議会を前に演説したんだろうか・・・w
    さすがに冗長だと思いますw

  •  言論の自由の本当の意味について

  • 「出版・言論の自由」「自由共和国建設論」の2編所収。

    宗教改革の波がイギリスにも来て、共和国が建設された頃(17世紀)に刊行された論で、ここに展開されているのは、当時の具体的な状況に根ざした問題であり、また論の正当性のよりどころが、キリスト教的に正しいかどうかというところにあり、ここから普遍的なことを読み取るのは、私の手には余る。


    「出版・言論の自由」
    結婚や離婚というのは、教会が司るものではなく、個人的な問題であるということを述べた「離婚の自由」という本を出版しようとしたところ、検閲によって差し止められたため、出版の自由を擁護するため出版したんだか、議会で演説したんだかしたもの。

    異論を封じ込めるのは真理にもとる行いである、検閲によって本来の目的は達せられないということを述べていたと思う。当時から、読書には悪に感染する危険があるとか、悪書からも思慮分別があれば学ぶことができるとかいうことは言われていたようだ。

    言論の自由の黎明期とも言っていい時期だけあって、言論の自由の適用範囲は狭い印象(キリスト教の範囲内)で、理屈自体は単純に済んでいるように見えて、うらやましかった。ただ、適用範囲は狭いので、エロを子どもが見ることについて、ミルトン先生は、正しいキリスト教徒ではない、邪悪な行いだと言いそうだった。


    「自由共和国建設論」
    いったん共和制になったものの、打ち続く混乱に、王制に回帰しそうにある情勢を止めようとした論。

    王制になれば、人々は奴隷のように扱われ、王たちは国民ではなく、自らに奉仕する。つい最近までそうだったのに、忘れちゃったのかよ。そんなだったから共和制になったんじゃんというような内容だったと思う。

    当たり前だが、時代背景や党派間の対立関係が説明なく出てくるので、内容が把握しづらかった。こちらのほうは、当時の状況に、より影響された論を展開しており、やや極端な印象を受けた。

  • ミルトンジョンの情熱を思いっきり浴びることができる一冊。パワフルだなミルトン。流石です。

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