ゴーリキー短篇集 (岩波文庫 赤 627-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (372ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003262719

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  • ■「イゼルギリ婆さん」
    イゼルギリ婆さんが三つのお話を物語る。
    ①鷹とヒトの間に生まれたラルラは傲岸不遜な若者。人々がなすすべもなく見守るなか長老の美しい娘を残酷に踏み殺し、恬として反省する気配もない。そんなラルラに天上から罰が下される。ラルラはこの先いかに人生に倦んだとしても、いく度悲痛な別れを経験しようとも、罪に汚れたその重たい体を背負ったまま、永遠に死ぬことを許されない存在になってしまったのだ! 暮れつ方、地平線を進む黒い影は雲の端切れではない。「ほれ、ご覧なよ、あそこにラルラが歩いていく!」
    ②イゼルギリ婆さん若い頃の凄まじいまでの恋の遍歴。激しくも短い恋、愛し合った男たちの死、初めて自分の老いを感じとったあの日……。「そうして、わしだけがこうして生きているのだよ! ひとりぼっちでな、……いや、いや、ひとりぼっちじゃない、あの人たちといっしょにな。」
    ③一族を救うため死の森を走破し、民衆を導いて脱出させようとするダンコ。しかし身勝手な人々は、状況がすぐには改善しないのをダンコひとりのせいにしてダンコを責め立てる。文句ばかりで手足を動かさない暗愚な民衆に業を煮やしたダンコは自分の心臓を自分で掴み出し、それを掲げて暗黒の森を照らして、なおも人々を率いて前進する。
    「……老婆がこの美しい物語を語りおわったときには、荒野は気味の悪いほど静まり返っていた。なんだか荒野までが、人々のために自分の心臓を燃やしてしまい、しかもそれにたいして何の報いも求めずに死んでいった、あの勇士ダンコの心の気高さにすっかり打たれてしまったかのようだ。老婆はうとうとと眠りにおちていった。私はその姿をながめ、このお婆さんの頭のなかにはまだどれほどの物語や思い出がのこっていることだろうかと思ってみた。それからまた私は、あの燃えさかるダンコの偉大な心臓のことや、こんなにも美しい、力づよい伝説をうみだした人間の想像力というものについて考えてみた。」

    ■「チェルカッシ」
    チェルカッシは名うての泥棒。臨機応変に大胆に抜け目なく立ち回ってはいつのまにか大金をモノにしている。なんら羈絆をもたず、足の向くまま世間を渡り歩く自由人だ。 ………しかしチェルカッシにはかつて優しい母がいた。自分を自慢する父も。ふるさとがあった。快活な妻までも。「彼はそのような世界からは、すっかり切りはなされ、放り出されてしまって、いまはまったく孤独の身」となった。つまりその正体は、稼いだ大金を捧げる家族もいない、たんなる浮浪人にすぎないのだ。

    ■「秋の一夜」
    「私はそのころは、本気になって人類の運命というものに心をいため、社会制度の改革や、政治的な変革を夢み、・・・なんとかして自分を『偉大な積極的な一つの力』に仕立てようと努めていたのであった。ところが、いまこの淫売婦は自分の身体でもって私をあたためてくれているのである。彼女は、この世のなかには生きる場所もなく、またなんの価値も認められていない、虐げられ、追いたてられている、不仕合せな一個の生物にすぎないのだ。しかも私は、彼女の方から私を助けてくれるよりさきに、私の方から彼女を助けてやろうなぞという考えが、てんでおきなかったのだ。」

    ■「二十六人の男と一人の少女」
    二十六人の囚人たちがあがめたてまつる美少女が、兵隊上がりの伊達男によって手折られる。
    (ここでゴーリキーは、病気でさえも生きがいとなると書いている。「その病気よりほかには、彼の取柄といっては何もないわけだ。その人たちからその病気をとりさってしまい、その病気をなおしてしまったら、その人たちはかえって不幸になるであろう」と。)

    ■「零落者の群れ」
    退役軍人クヴァルダの営む木賃宿に、今日もおなじみの零落者たちがとぐろを巻いている。身なりはルンペンそのものだが、こいつら意外とバイタリティーがあって、ウォトカはがぶがぶ飲むし、議論は激しく闘わすし、機に臨んでは策をめぐらし、………しかしおまえたち、その分なぜまともに働かない……?

  • 置かれた場所で愛を求めるしかない。素朴で奇怪な本能。


     この本に載っている短篇『二十六人の男と一人の娘』が、とにかく強烈なインパクトです!
     嫌ですね。一人の女の子の親切を、大の大人の男・二十六人で等分に分け合おうという、率直に言ってかなり気色悪い構図。早く忘れたくなってきました(笑)。

     周囲に蔑まされながらも、窓のない半地下でロールパンをこね続けている、どうしようもなく貧しく醜いパン職人たちの救いは、朗らかに声をかけてくる純朴そうな一人の少女。この娘にパンと関心を捧げるのが彼らの日課でした。
     しかし、鼻持ちならないイケメンの登場で変化が。彼らの天使は悪魔の誘惑に対抗できるのか★ 危険な賭けにより、単調だった日々が突如として興奮の色を帯びてくるのでした――

     この滑稽な二十六人の姿を通して展開するゴーリキーのアイドル論に、「見抜かれたか!」と感じる人もいるのではないかと思います。
     登場する男どもは、そろって一人の女の子に夢中です。が、本当はあの娘は自分たちが思っているほど素敵じゃないかもしれない、けれども必要だから愛するのだと、語り手は気づいているのです。他に対象がいないからそうするしかなく、「わたしたちの愛は、憎しみにも劣らずいやなもの」なのだと。
     ただ、何かの存在にすがるように執着するしかないなら、どちらを選びたいか。憎むか、それとも愛するか。謎に究極の選択がここに……。

     他の収録作品でも、底辺から立ち上がってくる、素朴な人間の本能が看破されています。卑しい者は、女の子を選ぶこともできない。置かれた場所で生きるより術のない者たちが露出する、たくましさも浅ましさも描いたうえで、作者ゴーリキーは鋭くも炙り出したのです。「まともな頭をしているほうが負ける!」という、階級社会のルールを。

     人間の本質について語る時にノスタルジックになるという、独特の癖があるようだけど……、本能に「還る」という感覚からでしょうか?

  • イゼルギリ婆さん
    チェルカッシ
    秋の一夜
    二十六人の男と一人の少女
    鷹の歌
    海つばめの歌
    零落者の群

  • 恥ずかしながら、ゴーリキーの作品を初めて読んだ。
    ここに収められている7篇はいずれも初期の作品らしいのだが、どれもが素晴らしい。
    人間の尊厳と自由へのあこがれが伝わってくる作品ばかりだ。「嵐よ!嵐はもうすぐやってくる!」ってゴーリキーだったんだ、と納得。そりゃあ、こんなことを書けばツァーリ政府から睨まれるよね。

  • どれも好きだが、特に二十六人・・と零落者・・が素晴らしい

  • 貧しくて暗くて寒い。底辺にいる人々が生きていく様はどれも懸命です。

  • 不条理さに軽く衝撃を受けるものが何点か。なのに決していやらしくないのは、作家自身の淡々とした描き方ゆえだろうか。

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