- Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
- / ISBN・EAN: 9784003304631
作品紹介・あらすじ
文政三年、浅草観音堂の前にふいに現れた少年寅吉。幼い頃山人(天狗)に連れ去られ、そのもとで生活・修行していたという。この「異界からの帰還者」に江戸の町は沸いた。知識人らの質問に応えて寅吉のもたらす異界情報を記録した本書は、江戸後期社会の多層的な異界関心の集大成である。生れ変り体験の記録『勝五郎再生記聞』を併収。
感想・レビュー・書評
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平田篤胤は江戸時代の国学者、神道家。安永5年(1776年)生まれで亡くなったのが天保14年(1843年)だから、幕末よりはちょっと前。しかしのちの幕末の志士たちの尊王思想に影響を与えたので幕末関連の本を読んでいるとたまに名前が登場する。
本書の出版は文政5年(1822年)。その2年前、天狗にさらわれて戻ってきた寅吉という少年の噂を友人から聞いた篤胤が彼に会いにいくところから始まる一種のルポルタージュともいえる。寅吉少年は当時15才。本人いわく7才のときに初めて天狗(山からきた修験者、山人、仙人のようなもの?)に連れ去られ、その後何度も、家と山(現世と幽界)を行き来し、さらわれて戻ってきたというよりは天狗に弟子入り、師匠に色々教わりながら、用事のないときはたまに実家に帰ってきているような状態。
よくある天狗にさらわれた子供の話だと数年行方不明である日ひょっこり戻ってくるみたいなイメージだけど、寅吉は何度も行き来して弟子入りしちゃってるところが珍しいかも。寅吉の存在は近隣でも噂になり、様々な人々が会いにやってくる。寅吉は見た目も日頃の行動も15才よりかなり幼いが、神仙界の話には通じており、篤胤も詳しく話を聞いて感心する。寅吉が嘘をついているとは露ほども疑っていない様子。
読み進めているうちに思うのは、どうも平田篤胤という人は一種のオカルティストで、現代でいうなら「ムー」の愛読者みたいな(こら)ところがあり、寅吉少年はさしずめ、ユリゲラー・・・っていうとあれだけど、あの世と交信できる霊能力者的な。解説によると篤胤に寅吉のことを紹介した屋代弘賢、山崎美成らは、あの滝沢馬琴が主催していた兔園会(奇談サークルみたいなもの)のメンバーで、この手の話の好きな人たちのコミュニティが当時からあったのでしょう。そういう人たちは寅吉の話を信じるけれど、あれは篤胤が操ってる偽者だと批判する人も勿論いる。
確かに、若干胡散臭いなと思うのは、あまりにも寅吉少年の発言が神道に都合の良い内容でありすぎる点。仏教の僧侶のことはクソミソ。もし篤胤がキリスト教信者なら寅吉は「イエスの再来」「救世主」とか呼ばれそうだ。ただ「天子さま(※天皇)」を敬うのはわかるけれど、徳川将軍家のことも敬っており、なぜなら天狗たちは日本の平和を願っていて、それを維持するために頑張っている将軍は偉いということらしい。つまり尊王佐幕。なるほど幕末の水戸藩あたりでいかにも流行りそうな思想だ。
寅吉との一問一答インタビューで面白かったのは、「女嶋」という女性しかいない島の話(※師匠と空飛んで行った)「女嶋は日本より海上四百里ばかり東方に有り」「さて女ばかりの国故に、男を欲しがり、もし漂着する男あれば皆々打寄りて食ふよしなり」・・・ちょっと待って、食べちゃうの!?男が欲しいってのは食料としてなの!?(驚愕)じゃあどうやって子孫を増やすのかというと、「懐妊するには、笹葉を束ねたるを各々手に持ちて西の方に向かひ拝し、女同士互ひに夫婦の如く抱き逢ひて妊む由なり」だそうです。無茶言うなー。
あと妖怪「豆つま」とか、西遊記より面白いという『白老人』の物語とか、鼻毛抜かないほうが長生きできるとか、どこまで真に受けていいかわからないながら、とりあえず寅吉の話面白い。
しかし反面、師匠と一緒に飛行して宇宙まで言って地球は丸いし極楽とか地獄とかないと断言していたり、妙に現実的というか科学的な意見などもあり、不思議な感じがする。たとえば「病には薬を用ふるほど宜しき事はなきに、加持咒禁などを先とするは愚かなる事なり。良き医者にかかり薬を飲むことを第一にして、其の薬の験ある様にと神々に祈るべき事なり」という常識的な意見とか、ただの突拍子もないファンタジーばかりではないところが逆にリアリティがある気がする。
その他、寅吉が説明のために描いてみせたイラストも豊富で、あと象形文字みたいな変な字とか、すべて篤胤もしくは寅吉の捏造というにはあまりにも設定が詳細で、あっさり嘘と切り捨てられないものがある。とりあえず、信じたほうが面白いことは確か。
併録されている「勝五郎再生記聞」のほうは、前世の記憶がある子供の話。勝五郎少年は前世で親だった者の名前を覚えており、自分は6歳で死んで、その後さまよっていたら謎の老人に連れられて今の両親のところに来たと。実際にその親という人の村へ問い合わせてみると実在していて子供を亡くしたことも事実で、そこに勝五郎をつれていくと案内されずとも親の家を覚えていたとか。この手の話を蒐集するのが大好きだった篤胤はやっぱり現代なら「ムー」編集長とかになる人だ・・・。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
江戸時代の国学者・平田篤胤が、
天狗の下で修行したと自称する少年・寅吉が語った
異世界の様子を聞き書きした記録と、
別のもう一編を収録。
「仙境異聞」
文政三(1820)年、
平田篤胤は門人の一人が連れて来た少年
寅吉から不思議な話を聞いた。
寅吉は天狗に素質を見込まれ、
高山嘉津間の名を授けられて
山で修行を積んだというが、
頭の回転は早いけれども短気で我儘な面があった。
「こちらで●●であることは向こうではどうなのか」
という種類の質問が
列席者から矢継ぎ早に繰り出され、
寅吉は少し呆れ気味に微笑して答え続けた。
曰く「唐で仙人と呼ばれる存在を日本では山人」
と言い、仙人と山人の間に交流があるという。
寅吉が語る山人の世界の衣服・食事・武術に関する
あれこれ、
製薬や、まじないの話、護符・武具の図解など。
証言は具体的で緻密なので、子供の夢や妄想、
大人を担ぐための作り話とは捉え難いが、
寅吉の語る「異界」の様相は、
平田篤胤らが知りたがっていた彼岸のあり様に基づく
問いかけとの相互のフィードバックによって
醸成された世界のように感じられる。
「勝五郎再生記聞」
寅吉と出会った後、平田篤胤は
転生の記憶を持つ勝五郎なる男児の話を聞き、
当人と面会。
勝五郎は前世で
子供のうちに病死して生まれ変わったと主張。
本編は、その際、寅吉も同席した――といった
経緯を踏まえて併録されたと見られる。 -
平田篤胤、どんな話でもとにかく真摯に聞く人だったんだなという印象。、聞いた話をどう構成するかは別としても
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おもしろいけど文語だから読みにくいですね。
前世を記憶した少年の話が興味深かった。 -
文政三年、浅草観音堂の前にふいに現れた少年寅吉。幼い頃山人(天狗)に連れ去られ、そのもとで生活・修行していたという。この「異界からの帰還者」に江戸の町は沸いた。知識人らの質問に応えて寅吉のもたらす異界情報を記録した本書は、江戸後期社会の多層的な異界関心の集大成である。生れ変り体験の記録『勝五郎再生記聞』を併収。
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校注:子安宣邦
仙境異聞◆勝五郎再生記聞 -
ネットで話題、復刊されるらしい「江戸時代版ムー」。旧仮名遣いでなかなか読むのが大変だけど、現代語訳されていないものを読んだ方が面白いと思う。
ぼくはSF少女マンガの雑誌連載が起こす共同幻想と他媒体である「ムー」の文通欄への伝染、そして新興宗教への移行、みたいなことを学生の頃調べていたことがあって、マスメディアのない時代に共同幻想とはどのように起こったのか、みたいな観点で読んでみると、また別の味わいがある。政治や教育と密接に繋がってる当時の宗教機関の間の情報連携は我々の感覚よりずっと蜜で、そこを通じて噂が広がるから、噂が権威化されたりしたのかもしれない。 -
2018/09/22
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真剣だからこそ笑える。
怪異の記録として残っていることがすごい。
聞く人も答える人も真剣そのもの。
そこがおもしろい。
いろはにほへとの文字の違いや鉄を食べる動物の話を真面目に読んでるとおもしろくなる。
ただし、当時の文体なのでなれてないと読むのは難しい。 -
目には見えない世界や、不思議な世界も好きなので、楽しんだ。
この世の成り立ちや命の不思議さを思ったのと、身の周りのことをほとんど分からずに生きているんだろうなぁ、ということを感じた次第。。