原発をつくらせない人びと――祝島から未来へ (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.81
  • (7)
  • (4)
  • (9)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 82
感想 : 22
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004313991

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • フォークシンガーの笠木透さんから
    「祝島」のことを
    教えてもらったのは
    もう何十年前のことだろう…

    写真家「福島菊次郎」の
    「祝島」の写真展を
    見せてもらったのは
    もう何十年前のことだろう

    数年前に
    ドキュメンタリー映画『祝の島』(纐纈あや監督)を
    御ところだ

    あの時も
    そして
    今も
    「祝島」のおばちゃんたちの
    原発ハンタイの「月曜デモ」は続いている

    いつの日になれば
    「月曜デモ」の声がなくなるのだろう

  • あたりまえのことだが、原発の計画さえなければ未来はバラ色、というわけにはいかない。原発計画がなくなっても、生きるということは、それぞれの状況なりに、やはりしんどい。それでも「原発あり」で生きるか、「原発なし」で生きるかは、まるで違うと私は思う。
    ならば、やはり「原発なし」で、しんどい生を生きてゆきたい。祝島や珠洲の人びとは、そのしんどさを、安易に解決しようとはしなかったのだろう。
    「抵抗しつづければ、原発は経済的に破綻して、撤退せざるを得なくなる」(序章の立花正寛さん)という言葉のとおり、珠洲の原発計画は「凍結」となった。いままた上関の原発計画も、原発をつくるための海の埋めたて免許が失効しつつある。(210p)

    2011年3月14日、私は祝島にいた。原発事故があったからではなく、前から観光旅行を決めていたからである。柳井港から船に乗る直前に、私は福島第一原発が二回目の大爆発をした映像を見た。その時には知らなかったのであるが、それからの数日間が日本史上最も危なかった日々だった。下手をすると連鎖的なメルトダウンが起きて、関東一円が避難地域になっただろう。そうなれば、日本全体が精神的に沈没していたかもしれない。

    私は祝島が原発計画に長い間島ぐるみの闘いをしていることは知ってはいたが、ただそのことだけを知っていただけだった。あとから考えると「しまった」と思うのだが、上陸したその日の夕方、いつものように月曜日デモがあったはずなのだが、宿に入っていた私は「団結小屋に人が集まっていたのは原発事故を受けて緊急集会をしているのだろう、他所者がみだりに見物するべきではない」と出て行かなかったのである。私は、夕方の散歩をする中で、島民たちの笑顔を幾つか見た。山口県知事が上関原発の埋めたて工事について「一時中断」する意向をいち早くつかんでいたためだろうと、今ならばわかる。

    祝島の闘いをテーマにした映画をその後二本観て、私は祝島の見事な闘いにいくらか詳しくはなったが、やはり映像と本は違う。いくつも発見があった。

    2012年になって、私は民主党の方針や山口県知事の宣言もあって「祝島の闘いは勝利した」と思っていた。しかし、月曜日デモは止むことがなかった。安倍政権に変わって、「新規建設の白紙方針は撤回する」と報道があった。そういえば、2013年3月4日にも 建設予定地海域の埋め立て免許の延長申請について、山口県の山本繁太郎知事は「今後も審査を継続する」と述べ、許可、不許可の判断を1年程度先送りする方針を表明した。知事は知事選での公約を事実上反故にしたのである。彼ら祝島住民たちの闘いは、メデイアの様に一喜一憂はしない。それ程までに生活そのものなのである。

    しかし、私の旅の時もそうだし、この新書の中でも彼らは明るい。勝算があるからだろう。「抵抗しつづければ、原発は経済的に破綻して、撤退せざるを得なくなる」という珠洲の立花正寛さんの言葉は確かに説得力があった。たとえ、そのために30年間経ったとしても。

    もう一度、祝島に行きたい。
    2013年2月6日読了

山秋真の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×