スター

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022517197

作品紹介・あらすじ

国民的スターって、今、いないよな。…… いや、もう、いらないのかも。誰もが発信者となった今、プロとアマチュアの境界線は消えた。新時代の「スター」は誰だ。作家生活10周年記念作品〔白版〕「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。ふたりは大学卒業後、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応――作品の質や価値は何をもって測られるのか。私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。朝日新聞連載、デビュー10年にして放つ新世代の長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 大学で映画を制作するサークルに所属していた3年生の立原尚吾と大土井紘が、それぞれの得意を生かし共同監督として撮影した作品『身体』。その作品が、映画のフェスティバルでグランプリを受賞した。その受賞に関わるインタビューシーンから物語は始まる。冒頭から、私の身近にはない世界に引き込まれ、わくわくしながら読み進めていった。

    そのインタビューの場面で、尚吾と紘がインタビュアーに答えていた言葉の中に、本物やかっこいいものを作りたい撮りたいという言葉があった。本物やかっこいいものとは、どのようなものを指すのだろうかな。映画のような制作物であれば、人によって判断のもととなるものがあり、それぞれの感性があり、好みは違っていくだろう。尚吾と紘には、それぞれの感性があり得意分野があった。それを互いに認め合えたからこそ、共同監督として成り立っていた。

    そんな2人が卒業前、映画館『中央シネマタウン』で映画を観る。それは、日本映画界のスターと日本映画界の巨匠と言われた名監督がタッグを組んだ最高峰の作品であった。鑑賞の場所となった映画館自体も、この作品の重要な場所として、作品のイメージの世界を広げるものとなっていた。この映画館は、今となっては少なくなった、個人所有の支配人がいる映画館。上映される映画は、デジタル化されていないかつての名作。そこには、2人がめざす映画の実像があった。めざしたい具体的なものを共有できるって、頼もしく嬉しい関係だろうな。この後の展開がさらに楽しみになった。

    大学卒業後にそれぞれの道を歩んでいくことになった尚吾と紘。尚吾は、目標としている映画監督、鐘ヶ江誠人が所属する映像制作会社に進んだ。そして監督補助という立場で、尚吾にとってのスターである監督に接することができるような状況になった。めざす映画制作を求めて、あらゆることを吸収しやすい状況であった。また、尚吾には同棲している千紗という女性が身近にいた。千紗も、尚吾と同様に自分のめざす料理人である玉木曜一シェフのレストランタマキに就職できた。道は違っても質の高いものから学び、その道の腕を磨きたいという志の重なりが、2人のつながりの強さを感じた。

    一方で紘は、卒業後に実家に戻り、仕事に就かなかった。このような中、尚吾と共同で監督を務めた映画『身体』に出演したボクサー長谷部要からの依頼で状況は一変する。依頼内容は、所属するジムが公式YouTube チャンネルを確立していくというものだった。そして、その登録者数を増やすというジムの目的をきく。紘は要の肉体の動きに感動し、その肉体の表情を瞬間的に撮ることができる技術と感性をもっていた。その後、紆余曲折がありながらも、紘が撮った動画は視聴者数を増やし続け、多くの人の目に触れ、その名前も知られるようになっていく。しかし、その視聴者数は、紘の目標にはなっていなかった。

    それぞれが制作している映像の評価や価値は何なのだろう。自己と他者の評価や価値に差は生じるものだろう。一般に評価されること、それは生業として続けていくために大切な視点だろう。一方で、自分が大切にしたい視点もある。そこで、心が揺り動かされる背景には、他者の評価や価値を気にせずに、自分の好きという気持ちだけでは、生業にはならないと認知しているからだろうな。そんなことを考えつつ、紘と尚吾のもやもやした思いを想像し読み進めた。私にとって、身近にない世界の話ではあったけれど、作品の世界に入り込み、尚吾と紘と一緒に悩みながらも前に進む、そんな気持ちになっていた。2人の言葉や心の声が響き、胸をうつ。

    生業における憧れのスターは、人それぞれ。それは当然だけれど、一般化されている人に傾いてしまうこともあるかな。それに感化され過ぎずに、自分の心に正直に純粋に向き合い、自分がめざすものやことを追求することができればいいのかな。登場人物の心情描写が繊細で、胸にくる。自分だったらと、その度に問答していた。私の心の中に、生業への純粋な思いをもつこと、志をもって行うことへの憧れがあるのだろうな。尚吾も紘も千紗も、私にとっては眩しい存在として、想像の世界の中にいた。

    朝井リョウさんの作品は、『正欲』以来であった。朝井さんの作品を暫くぶりに読了した。私にとって特別な世界に導かれる朝井さんの作品。次に手にとる作品も楽しみとなった。

  • まごうことなき、朝井リョウ作品です。
    作中では、誰もが心のどこかで思っているような類の、疑問や不満が異常に高い精度で言語化されていて、読んでいて頷きが止まりません。
    自分を含め、最近の世の中は、良し悪しを決めたり、優劣を決めたり、上下を決めたり、有無を決めたり、しすぎているのかもしれません。
    価値観の押し付け合いで生まれる軋轢はそれぞれが理解し合うようなことはなく、対立を続けますが、その状態への生きづらさみたいな感情を覚えている人へぜひ読んでみてもらいたい作品です。

    形式としては小説ですが、ストーリーの存在感は薄めなので、エンターテイメントとして読むにはオススメできません。
    読みやすい自己啓発本のような感じですかね。

  • 作品の質や価値は何を持って測られるのか?
    古き良きものとニーズに合わせて生まれ変わってゆくもの。
    一言では言い尽くせない難しい問題だと思いました。
    学生時代に合作した映画で賞をとった尚吾と絋。卒業後、二人は別々の道を選ぶ。尚吾は古き良きものを追い続け、絋はYouTubeの世界で活躍する。
    自分を正当化したいがために相手のことを意地でも認めないながらも、自分自身の中にも揺らぎを感じ始める。
    結局、物事の価値に絶対的な正解なんてない。
    「自分がいない空間に対して『それは違う』、『それはおかしい』って指摘する資格は誰にもない」
    「誰かがしてることの悪いところよりも、自分がしてることの良いところを言えるようにしておこう」
    これは、どんな世界、関係の中でも言えることだと思いました。

  • 新聞の連載小説だった作品であり、まさにこの著者ならではの作品でした。
    大学3年の時に合作した映画で権威ある賞のグランプリを獲得した立原尚吾と大土井絋。
    将来を嘱望された2人だが、それぞれの立ち位置は対極的で、理性的な尚吾と感性的な絋は歩む道も選択肢も異なって行く。
    旧き王道に拘る尚吾は信じる道を進むけれどYouTubeの世界で頭角を現す絋に反発を覚えつつも焦りも感じる。
    そんな2人の辿る道程が詳細に描かれていて各々が興味深い内容と波乱を提起している。
    衰退する映画界と隆盛するS N S世界を巧みに対比しながらも双方の利点と危うさを解り易く表していて参考になる。何の何処に同調するか反発するかはさまざまだが、ますます多様化する時代において自分を見失わないで居ることは自覚しておきたいもの。
    惜しむらくは終盤にきて消化不良の感を免れない展開になってしまったことでしょうか。

  •  物語の主人公は、立原尚吾と大土井紘・大学三年生で映画賞の共同監督をしてグランプリを受賞した。

     大学を卒業しそれぞれの道を歩む
     ―どっちが先に有名監督になるか勝負だな。

     尚吾は、映画好きの祖父から「質のいいものに触れろ」と、片や紘は、父親から「よかて思うものは自分で選べ」と教えられた。

     尚吾は、レジェンドとも呼ばれる鐘ヶ江誠人監督が所属する映画製作会社へ、
    紘は、ある人から頼まれユーチューブの動画を撮ることになり、再び上京し二人はスタートラインに着くことになった。

     かつてグランプリを受賞したというプライドは影を落とした。才能があるという問題以前に高くて厚い壁にぶち当たることになる。世の中はそんな甘いもんじゃない、と痛感するが、少しのライバルの情報でも、隣の芝は青く見え焦りを覚える。

     尚吾「俺たちは、世に出られるハードルが高くて、だからこそ高品質である可能性も高くて、そのためには有料で提供するしかなくて、ゆえに拡散もされにくい」

     紘「常に、次に撮るもの、次に編集する素材で両手がいっぱいだ。腰を据えて何かを考える時間は足りない。アウトプットにインプットが追いついていない感覚が怖い。ましてクオリティ無視で大量生産では満足いく水準に全く達していかない」。

     彼らの不満は募るばかり。主張は理解できるが、やがて他者の考えを批判し排他的になる。以上が、この小説のあらすじです。

    「誰かがしてることの悪いところよりも、自分がしてることの良いところを言えるようにしておこう」と書いていた。金言だと思う。

     今、国民的スターと呼ばれる人は、誰なのか?名前が出てこない。

     テレビの電源を入れると、この人誰?
     ユーチューバーだった。
    プロとアマチュアの境界線は消えた。その通りだ。何ともやるせない。

    先日、テレビを視聴していると高倉健さんが笑ってた。昔の「徹子の部屋」の映像だった。
     読書は楽しい。

  • 二人の才能ある若者、どちらが先に映画監督として有名になるか、”スター”になれるか…それぞれがもがき苦しみ成長していく物語。
    元々学生時代にタッグを組み、ある賞を受賞し既に注目を浴びていた二人。
    卒業を機に二人は別々の道に進む。一人は憧れでもある映画監督の元で監督補助として働き始め、方や一方はあるyoutubeチャンネルの制作を請け負い仕事を始める。
    今の時代や働き方を良く反映していて、非常にリアリティがある。
    昔は何かを極めようと思ったら、本物と言われる場所で修行をして、下積みをこれでもかと重ねてやっと世に出て…という道しかなかった。しかし今は違う。一言Googleの検索窓にキーワードを入れれば、ある程度の答えが見つかってしまう時代。今回の映像制作にしても、今や普通の一般人でも好き勝手に動画を作り、ちょちょっと編集をしてボタン一つで全世界に配信できる世の中になった。
    その道を極めようとしたときにどちらの道が正しいかはわからない。でもそれぞれにハードルはあって楽な道などない。
    結局、最後に信じられるものは自分が過ごしてきた時間であり経験しかない。その最後に信じられるものを自分の中でしっかりと持っていれば、どんな形であれ自分の満足いく結果が得られるのだと思う。
    そして、これだけの選択肢がある今の世の中で、人といちいち比べててもしょうがないなと改めて思った。
    人と比べるとどうしてもそこに嫉妬や人を卑下する気持ちが生まれ、自分の心が乱れてしまう。
    自分がいない空間に対して「それは違う」「それはおかしい」と指摘する資格は誰にもない。そんなことで守れるものは自分のプライドだけ。
    いやぁ痛烈に自分の中に刺さりました。わかっちゃいるんですけどね、生きるって難しい。。
    基本、朝井リョウの本にハズレ無しですね。世代が近いこともあるのか本当に毎回楽しく、いろいろと考えさせられます。
    これからも楽しく読ませていただきます。

  • 大学時代に共同で撮った作品が映画祭のグランプリを獲った尚吾と紘。卒業後真逆の道から有名監督を目指す二人の姿が描かれる。細部まで妥協せず緻密な作品を作り上げる尚吾は憧れの監督に弟子入り。感覚的に対象の魅力を映像に焼き付ける紘はひょんなきっかけでYouTube配信の道へ。始めはお互い順調に泳ぎ出したように見えたが…。人々の興味の移ろう速さが加速している現代で揉まれ悩みながら自分の価値観を見つめていく二人の姿を追ううちに自分はどうなんだ?と考えさせられた。尚吾にイライラする事が多かったけど自分が尚吾側の考えを持ちがちなんだろうなぁ、同族嫌悪だなとつい分析。今回映像世界が舞台のせいか地の文の描写で写実的な例えが多かった気がする。気付いてないだけで朝井さん何時もそうだったっけ?

  • 多様性、変わり続ける価値観。伝統も時代の変化に伴って柔軟な適応が求められる。皆が、試行錯誤して本気の人達だった。

  • 映像
    劇場
    配信
    YouTube
    心の問題
    過ぎる
    同じ土俵

    読みごたえあります。
    絋と尚吾、千紗、鐘ヶ江監督、浅沼、眼科医の言葉がずしずしくる感じ。
    図書館本

  • 昔ながらの質の高い映画作りを目指す尚吾と、感覚的に自分の美しいと思う瞬間をカメラに収める紘。大学時代に共同監督として有名な映画賞を受賞した2人が、有名映画監督の弟子とYouTubeでの動画配信という、全く別の道を歩み始める…。まず、この設定が熱い。熱すぎる。

    そして二人は別々の道で頭角を表していき、互いに比べ合い嫉妬し合いながらも、自分の作るべき作品や、作品の質は何をもって測られるのかという問いを深めていく。二人がその問いに、どんな答えを見つけたのか是非その目で確かめていただきたい。

    いろんなコンテンツで溢れた現代。

    例えばアニメばかり見ている人からすると、小説なんかはつまらないと感じるのかもしれない。

    逆に小説ばかり読んでいる人からすれば、アニメなんかはつまらないと感じるのかもしれない。

    違う分野に対して、自分の分野と比較して誰もが物申したくなる。しかしそんな比較や物申すなんてことは至極無駄なことなのである。

    比較などする必要はない。だって今は、誰しもが自分の好きなものや綺麗だと思うことを、素直に裸の気持ちで表現して伝えられる時代なのだから。

    大は小を兼ねない。

    自分が思う最高や正解なんて、とある特定の世界の中の頂点に過ぎない。いろんな種類の人が、いろんな種類の欲を満たすためにコンテンツを消費していく。その欲に、どっちが大きいだのどっちが小さいだの、優劣はつけられないのだ。

    消費者は、自分に合ったコンテンツを選ぶ。

    創作者は、自分の考える最高を描く。

    それでいいのだ。たったそれだけのことなのだと、そう思わせてくれるお話だった。

    私はこの小説に出会えてよかった。そう思います。 

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著者プロフィール

1989年岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で、「小説すばる新人賞」を受賞し、デビュー。11年『チア男子!!』で、高校生が選ぶ「天竜文学賞」を受賞。13年『何者』で「直木賞」、14年『世界地図の下書き』で「坪田譲治文学賞」を受賞する。その他著書に、『どうしても生きてる』『死にがいを求めて生きているの』『スター』『正欲』等がある。

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