目白雑録 (ひびのあれこれ)

著者 :
  • 朝日新聞社
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022579232

感想・レビュー・書評

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  • 静かで、しかし棘のある批判――このエッセイを読んでまず思ったのはこの言葉である。エッセイというと(この本のタイトルにも「ひびのあれこれ」とあるように)軽い読み物といった印象を受けるが、中身は濃厚である。
    金井氏のエッセイを読むと、エッセイとはつまり批判的精神の具体化であり、かつ批判である以上、そこには高度な論理性が求められることがわかる。論理なき批判は、ただの誹謗中傷になってしまうから。金井氏は論理性を武器に、歯に衣着せず「馬鹿」をバカと言い募り、なぜ馬鹿なのかを「論理的」に述べてみせる。
    文体は読点で区切られて、概ね一文は長い。一見すると論理性の高さと相反するように思えるが、そのような文体で、なおかつ高い論理性を維持していることこそ、金井氏の文章力の高度さを端的に表しているように思う。下手な作者が書けば容易に論理が破綻してしまう文体も、その不思議なリズム感に乗せられて読み進めることができ、一見思考はあちこちに飛躍しているように思えるけれど、実のところ論旨の一貫性は保持されている。話がはるか遠くに行ってしまったように見えても、最後は一周回って元の話に戻り、読者は納得感を得ることになるのである。
    このような文章は誰にでも書けるものではない。相当に高い文章力が要求される。金井氏の自由自在に言葉を、文を、文章を操る能力に思わず羨望(嫉妬?)しつつ、論理的な底意地の悪さを楽しませてもらった。

  • 金井美恵子さんの小説ってどんななんだろう。エッセイは、読みながら馬鹿ですみません、ってなる。わからなければ辞書引きます、って。一つの文章がすごく長いのもどっぷりつかれて魅力的だし、何気ない話題でもページをめくる頃には、さっきの話題が効いて来るってゆう爽快感もいいよね。全部読む予定じゃなかったのに一気読みしてしまった、金曜の夜。

  • 〈夕食の支度が出来るまで、最近、筑摩から文庫版の出た(なぜ?今?)ジュリアン・グラックの『シルトの岸辺』を本棚(なぜか、二冊あった)から取り出してパラパラめくっていたら、70ミリ映画のオリオン座(高崎の映画館である)の切符がはさまっていて、『ロシュフォールの恋人たち』とオードリーの『いつも二人で』の二本だてなのだった。〉〈おそらく、何か別の本のシオリにしていた切符が出て来て、七年も前に見たのか、と若かった頃の私が驚いて、当時読みかけだった『シルトの岸辺』にはさんだのだろう。〉切符は67年、『シルトの岸辺』は74年(690円、集英社刊)のもの。
    〈ふとここに書きうつしてみたい気持になるような流麗で調子の高い描写と比喩の連続〉〈私は後年の短篇『半島』がグラックの小説の中では一番好きだ。〉と言ったような、金井美恵子の、ジュリアン・グラックに対する印象はもちろんなのだけれども、それよりも何よりも、『シルトの岸辺』にはさんであった切符から、67年へ、74年へ、記憶は遡り、〈七年も前に見たのか、と若かった頃の私が驚いて〉読みかけだった『シルトの岸辺』にはさんだのだろうと思う、その記憶の入れ子めいてもいる出来事(それを『目白雑録』=ひびのあれこれに日常茶飯の細かな一つとしてのみ語る言葉をも含め)の方を、自分は愛する。

    とにかくしょっちゅう風邪をひいている金井美恵子。夏風邪もひくし、〈スチームバギーという高温蒸気の噴出する掃除機でキッチンやらバス・ルームも徹底的(ほぼ)に掃除したせいで疲れて風邪をひいて〉しまったりもする。細々とした暮しのトラブル(未満も含め)も多く、雨漏りや通信販売を使用したイヤガラセや、「急性腸炎日記」など、エアコン故障→ガス給湯機故障→パソコンのキーボード故障、からの風邪に腸炎…。〈三日間は寝たままで、ほとんど何も食べず、その後も一週間は三食おかゆという生活が続いてひどく消耗したのだった。〉〈去年も同じようなことを書いたような気がして、気も滅入る…。なんという繰りかえし。なんという変化のなさ。〉例えば『待つこと、忘れること?』の、〈「エッセイ」として、充分に計算したうえで、楽しく書いた文章〉に、〈私小説〉という印象を持ってしまう評者に鼻白んだり、「噂の真相」の「三角関係の過去」を伝える記事を、〈小説家として、というほどオーバーなことではなく、ごく常識的な普通の、論理的でさえもない物の考え方で〉検証してみたりと、そこここで目にし耳にするピント外れの言説の数々を〈嫌味につつきまわす〉ことを含め、まさしくひびのあれこれである。
    そしてトラーちゃん。〈トラーのずっしりとした重さが私の片脚にかかっていて、深い溜息のような寝息がフトン越しに伝わってくるのを感じながら、ふわりのことをつい考えてしまうのだ。〉〈私の部屋の入口には、老婦人に作ってもらった丈の長い藍染め木綿のノレンがかかっていて、トラーが部屋に入って来る時には、ピンと立てたおっぽがノレンに触れ、ふわりとごく軽く揺れ動くのだ。〉…そのずっと先に書かれることになる、「たにし亭の暖簾」というエッセイのことを、2022年現在の読者である自分は思い出すことも出来る。語りなおされる"ふわり"と爪の音。

    〈河内木綿はとても丈夫で、何回とない洗濯にも動ぜず今でも私の部屋に掛かっている。〉…『たのしい暮しの断片』(2019)は、作者曰く〈二〇〇ニ年に作った『待つこと、忘れること?』の続篇とも言える内容で〉〈『待つこと、忘れること?』を作った時には、まだまだ元気だったトラーは既に亡くなり〉、けれど読者である自分は、姉妹が〈なにも変わらず幼稚に暮している〉(と語る)ことや、〈さらに楽しく美しい絵と文章で埋められた本〉を、〈またまた、誕生〉させてくれたことが、嬉しくて仕方なかったのだし、今なおずーっと嬉しい。

  • 金井さんの小説は好きで、「兎」とか読み耽ってますが、エッセイは初めて読みました。
    辛辣で過激で切れのある文章、面白かったです。
    マッチョと闘う…このマッチョかなり個人名が出てくるのでハラハラしながら読みました。
    でも頷くところもあります。
    そして、結末がわかっていても、小説は何度読み返しても面白いものは面白いです。

  • 辛辣な批判を読みたいときに

    読点で繋がっていく文は、散り散りに動く思考の様を表すようで表現方法として興味あり

    こんなことを書くと辛辣な批判をされそう、虚しくてそもそも批判対象にしたくないか、しかし、単なる悪口だったようなという漠然とした読後感はなぜ、自分の知的素養の欠如のあらわれともいえるし、生息域の違いともいえる。

  • 2009/12/12購入

  • おーコワ、そしておもしろい。なんでこんな不機嫌なおばちゃんの書くものがおもしろいのか不思議だな。謙遜なんかとは無縁な語り口なんだがなぜか嫌みがなく、実に独特だ。

  • わあー意地悪だねえ。この意地悪っぷりはたまりません。私もこんな意地悪なおばさんになりたい。森茉莉と一緒にしたらまた怒るかしら。

  • 「一冊の本」に連載されたエッセイ。「今月の馬鹿」というタイトルの回があるんだけど「今月の馬鹿」のことを題材にしているのは別にその回だけではなくほとんど全編に渡り何かしら「今月の馬鹿」は登場します。舌鋒鋭く容赦なし。気鋭の男性評論家や作家のことを時折あしらうような感じで批評してて痛快でした。

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著者プロフィール

金井美恵子
小説家。一九四七年、群馬県高崎市生まれ。六七年、「愛の生活」でデビュー、同作品で現代詩手帖賞受賞。著書に『岸辺のない海』、『プラトン的恋愛』(泉鏡花賞)、『文章教室』、『タマや』(女流文学賞)、『カストロの尻』(芸術選奨文部大臣賞)、『映画、柔らかい肌』、『愉しみはTVの彼方に』、『鼎談集 金井姉妹のマッド・ティーパーティーへようこそ』(共著)など多数。

「2023年 『迷い猫あずかってます』 で使われていた紹介文から引用しています。」

金井美恵子の作品

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