- Amazon.co.jp ・マンガ (180ページ)
- / ISBN・EAN: 9784040648569
作品紹介・あらすじ
風のドラゴンの王・リシュカルの暴走を止め、
リュド山からベクラール王都に帰還したセナとキースたち。
そこに、火のドラゴンを擁する隣国・フォンドナ帝国から一通の書状が届く。
「詠み手とやらは我がフォンドナへ顔を見せに来い
さもなくば即刻宣戦布告し、攻撃を仕掛ける」
大陸最強国の“覇王”からの召喚にセナとキースは!?
感想・レビュー・書評
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竜の顎の真下にて、踊らされるか、今は独りで。
ここは列強国の軍事力の要として「ドラゴン」が存在する、そんな世界。
そして、それらドラゴンの王たちの心に寄り添い、時には伴侶として慰撫し、狂乱の末期を穏やかに看取り、取り纏める役目さえ担うのは、髪と眼に黒の色彩を宿す「詠み手(コーラー)」なる人間の女性。
つまり主人公「セナ」が現代日本から転生したのはこのためだったのかと膝を打っている場合ではなさそうです。
風のドラゴンの王の代替わりを無事に成し遂げ、自分がいかなる存在であるかを知った主人公でしたが……。
庇護者である第六王子「キース」と共にホームであるベクラール王国に帰還した主人公一行が目の当たりにしたのは国民の歓声でした。
父王が自国に取り込むべく宣伝を打った結果ですが、この王って野心家のわりに妙に目算が甘いなと一読者として思っていました。嫌な予感はさっそく的中します。
当然と言わんばかりにドラゴンの王たちを擁する列強国が動きます。
しかも迅速に。
いち早く動いたのは隣国にして大陸最強の肩書を持つ「フォンドナ帝国」。皇帝の名のもとに軍事侵攻を前面に出した恫喝の内容、それすなわちセナを帝国の国主・皇帝アイザックの手元に寄こすよう命じるものでした。
この辺でお見せされた帝国の絵面が強い。「移動する国境」という絵的なハッタリが効いていて軍事力の説得力が強すぎてこれ、国と国との衝突では絶対勝てないなってなったのが正直なところです。
まさかに火の国らしい国情が絵の魔力によってこの上なく伝わってきました。
ならば武骨で寡黙な火のドラゴンの王「ギデオン」と、それを覇王として従える皇帝「アイザック」、大国の核心部であるこの二者に直接ぶつかっていくしかないでしょう。
もはや世捨て人ではいられなくなった主人公は、皇帝の懐に飛び込んでいく好機に恵まれました。たとえそれが竜の顎の前に身を投げ出すものであったとしても避けては通れない、いよいよ泥濘めいた運命の幕開けと言えるのかも。
ただし――。正直、この巻は今までの巻のように急いているように見えて色々と鈍いようだと私は感じました。
七体存在するドラゴンの王、そのすべてと当たる必要があるというのはストーリー上わかります。
とはいえ本筋のドラゴン問題に付随する国同士のアレコレをやるには尺が足りない。ならば国の中枢であるドラゴンとの対話で決着をつけてしまえばいい……、のですが。
ここからは私の私見であると断っておきます。的を外した意見に思われる方も多く、書評として適当であるかに自信もありません。多少なりとも感情に任せた悪文であるのかもしれません。
それではここから。
護衛抜きで主人公が王城に単身投げ出されたかと思えば、なんと「女装」して付いてきてくれたキース、彼の行動にこの巻の流れを相当に乱されました。重ねて、個人的な意見であると念を押しておきますが。
そもそもが主人公のことを世捨て人の境遇から連れ出したキース。
彼がヒロインの庇護者として動くのはまぁいいとして、パートナーとして機能を詰め込み過ぎたことにいささか鼻に付いた感があります。
十六歳という彼の設定に絵の魔力も加わることで「女装」自体に特に違和感はありません。
ただし「女装」が特殊技能であることを考えるとあまり納得できません。
剣も魔法も腕が立つばかりか、家事万能で本職顔負け、「女性」として貴人の身辺のお世話もできる――正直言ってやり過ぎに感じました。個人的な好みですが、ここは分割した役回りで誰かが欲しかった。
多才だと言われていたここまでの描写を踏まえても、駆け足で来た反動か微妙に描写密度や伏線が足りないように見受けられます。
口の悪い言い方をすれば出しゃばりすぎ。
で、主人公のことを力づくでモノにしようと無理に距離を詰めるアイザックに対して打ってかかるキースというパターンを乱用しすぎていささか食傷気味に感じました。
余裕ないなこの皇帝、という劇中でのキース評はもっともなんですが、場を乱されても気にせず捨て置いてくれるアイザックが妙に寛容な大物に見えたりもするわけで……。
即刻処刑ってなってもおかしくないのに見逃してくれる辺りは温情でしょうし。
そもそも主導権どころか生殺与奪の権を握られているのにも関わらず、相手方に一々噛みつくキースってなんなんでしょう。
作中人物の心情を抜きにした酷な言い方になることを承知の上で言わせていただければ、彼の言葉はともかく行動はテンポを狂わせるノイズにしかなっていません。
もっとも、今回はシチュエーションが味方して「敵地」でふたりきりになる場面に恵まれたこと自体が悪いことであるとは認めないのですけどね。
ひとりの人間として、今は友人として主人公のセナのことを支えるその言葉に嘘はなく、誠実で読者としても信は置けます。それはそれと「公人」としての彼の動きは首をかしげるところ満載だったというだけで。
そもそもこの男は何がしたいんだ? って本気で思いました。
妙にへらへらした顔のままだけど皇帝を暗殺でもするつもりか? この場を逃れても開戦は避けられないぞ。泥沼の地獄に足を踏み入れる覚悟があるのか? と問いかけたくなりました。
国と国との大事を「ドラゴン」と「詠み手」という究極的には小事の関係性に還元して、わかりやすく繊細で優しい物語を演出するのがこの物語の良さだと思っていました。
ただ、この巻でやったことは国の立場が嫌でも付いて回る王子が導火線の上で火遊びをしただけという体たらく。
もちろんセナを本当に襲われるがままにしておくわけにはいかないんですが、だったら別に駆け引きの妙をやるなり、真っ向勝負から一本取るなり、やりようはいくらでもあったように感じます。
ただし、この巻のキースの動きをアイザックに対する当て馬と考えれば腑に落ちる部分もあります。
この巻のラスト、キースを一蹴したアイザックは激高したセナの「爆ぜろ」の魔法をあえて撃たせます。
しかも身に受けて何かを確信したんですよね。確実にキースより「詠み手」について知っているのは確実でしょう。明らかに役者が違う。
また、アイザックとギデオンの関係性もしかり。
一見して鎖で繋いで使役するだけの一方的な関係に見えて、二者は事情を抱えているようです。
どことなく憂いと翳りを見せる覇王の嘆息からは歪で閉塞的な、病んだ間柄が見えてきます。
この手のキャラクターは不安定で傲岸で狂気を宿していても、それだけで絵になって説得力も理屈も後でついてくるので卑怯と言えば卑怯ですね。こちらは誉め言葉ですが。
あと悪いところばかり書いてしまいましたが、やはり主人公は魅力的だと思います。
国対国の状況に振り回されこそするんですが、あくまでドラゴンを対等の個人として捉えて寄り添う姿勢を見せる。普段は温厚な努力家ですが、激情を見せることにも立場としてもひとりの人間としても納得がいきます。
また、晴れ姿は政治の道具という嫌なフレーズが浮かぶにしても神秘的で清楚なデザインで固められており、実に素敵でした。
次が正念場ですね。
短期的にはまず、セナは単純なしがらみだけではどうも終わりそうにない火のドラゴンの問題とどう向き合うのか? そして、国という「くびき」から逃れるにせよ受け入れるにせよ、キースはどう向き合うのか?
現時点では何もわかりません、ただ。
物語が次の段階に進むことは確実で、それゆえに不安も大きいのですが今は期待の方が勝るように感じました。ここまで来たのです。こうなれば足踏みも必要でしょう。急いで答えを出す必要もきっとありません。
ただし、次で「納得」させていただければおそらくこの作品は軌道に乗るのだろうと、私はそう思います。